碌々(ろくろく)ブログ

先哲の教え、言葉などを通して  心身の健康、真の幸福  そして人生成功の秘訣を  共に探求していきましょう

体の発する声に耳を傾けよう

五木寛之著「不安の力」集英社文庫より (33)


人間は必ずどこかで、
生きていることの不安定さ、
生命のもろさというものを感じています。

こころで感じていなくても、
あるいは頭でそれを理解しなくても、
肉体で感じている。

その感覚を覚えている。
そういう感覚に耳を澄ませる事がだいじなのでは
ないか、という気がしてしかたありません。


これは当然のことながら、
病気ということとも結びついてくるわけです。

体の発する声に耳を傾けよう、というのは、
ぼくのもう三十年来の長いテーマです。
体は必ず自分に向けて語りかけてきます。

睡眠不足でこれ以上保ちませんとか、気圧が下がって
きて血管が拡張しかけているので要注意ですとか、
いろいろな声が聞こえてくる。

ぼくらは、その語りかけてくる内面の声なき声の
ようなものに、もっと耳を澄ませるべきなのです。

それを聞く耳を持たないということは大きな問題だろう、
という気がずっとしていました。ぼく自身、病院の
お世話にならずに健康を維持するために、体の発する
声に耳を傾けるということを大事にしてきたのです。

体は、人間の生命が有限であるという感覚を得ると、
何かパルスを発してその人に語りかけてくる。
それに真摯に耳を傾ける必要があるのです。

ぼくらは死と隣り合わせの生というものを生きています。
そして、自分が健康でなくなるのではないかという不安、
病気への不安を強く持っています。

そのため、ガン保険とか、積み立て式でない保険にはいるとか、
みんないろいろなことをしています。ぼくの周りでも、
たいていの人がそういう保険にはいっている。
それは、健康に対する不安があるからです。

…病気を恐れていては、生きていけません。
かといって、それを無視することもできません。

では、どうすればいいのか。
そう考えてジョギングをしたり、ウォーキングをしたり、
スポーツクラブに通ったりする人がいます。

気功やヨガをやったり、呼吸法の訓練をしたり、
体にいいと聞けばなんでもやってみる人もいます。

これはやはり、文明社会のなかで、
健康に対する不安というのがいかに広く
行きわたっているか、ということでしょう。


次回につづく


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2007-02-13 | 癒し・ヒーリング |  コメント : 6  |  tb : 0

Comment

体の発する声に

歳とともに素直になりつつあります。

というのはとてもよく分かるきがします。
還暦を過ぎるととくに健康管理が大切ですね。

このごろやっといろんな意味で素直になってきました。
耳順の年齢ですものね〜〜不思議です。


2007-02-13 | ろくろく #- | URL|[ 編集 ]

眠っている人は

一種の死を擬似体験しているというのは
とても分かるようなきがします。

中沢新一さんの本だったか
眠りをコントロールする方法があるようですね

眠りにつくときをずーっと自覚し、
観察し続けるなんてなかなかできません。

なんどかチャレンジしたけど
一度も成功しませんでした〜

突然昏睡状態に陥るというか、気絶するみたいに
しか眠ることしかできません。




2007-02-13 | ろくろく #- | URL|[ 編集 ]

大事なのは

感覚に耳を澄ませること
内面の声にもっと耳を澄ませるべき・・・

私は結局のところ
自分の内なる声にのみ忠実に生きている
そんな気もします。





2007-02-13 | ろくろく #- | URL|[ 編集 ]

体の発する声も、異常なほど深刻に受け取ったり、逆に軽く見過ごしたりと、その人の性格でうまくいかないのが実情ではないでしょうか。自分などはどちらかというと前者でですね。そのくせ、体の発する声に従わず、無理をしてしまうことも多いのですが歳とともに素直になりつつあります。健康管理は人生の後半では特に大切なこなのですね。

2007-02-13 | kounit #- | URL|[ 編集 ]

ソクラテスの死

 有名なギリシアの哲学者ソクラテスは、自分の死を死とも感じない、ごく日常の出来事として意識することを基本としたというじょ。
 だから、有罪と決まって、毒を飲むことが決まっても、いつもと変わらない生活をおこなったというじゃ。
 死を超越するとは、死を死とも感じないことが、ソクラテスの死の概念だったようですじゃ。
 つまり、ソクラテスは、死んだ後も自分がどのような存在となるのかを知っていたと解してもよいじゃ。 ソクラテスは、恐らく、「人は死を知らないからこそ、死を特別なものと思っているが、私は生を通じて、死を充分に理解しているから、死を特別なものとも思わない」と言ったであろうじょ。
 この世では、生は常に死と共にあり、一日生きれば一日死ぬことであるじゃ。全く死を経験しない人間は生まれてもこないし、眠りもしないじゃろう。眠っている人は、一種の死を擬似体験しているじゃ。

2007-02-13 | 錬金術者 #- | URL|[ 編集 ]

内面の声

内面の声こそ、やまんばのパートナーです。ここのブログにこうしているのも、その声に従いました。
「ここは安心できるところ。ろくろくさんが具体的にどんな人かは、わからなくても、信頼できる人^^。大切なことを示されるところ。」内面の声はやまんばの羅針盤。

2007-02-13 | やまんばさん #- | URL|[ 編集 ]

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