もっと強く不安になったほうがいい
五木寛之著「不安の力」集英社文庫より (32)
あえて言わせてもらえば、
絶望ならまだいいのです。
恐怖もまだいい。
不安というのは中途半端な状態です。
恐怖なら、心臓が止まりそうになるとか、
いろいろなことがありますが、
不安というのは緩慢に人のこころを萎えさせる
働きを持つ。
極端な言いかたをすれば、不安をなくす方向へ
いくよりは、逆に不安を恐怖や絶望の域まで
強めていくほうがいいのではないのでしょうか。
つまり、もっと強く不安になったほうがいい、
ということです。
むかしフランスのニースへ行ったときに、
イサドラ・ダンカンのことを思い出したことが
ありました。イサドラ・ダンカンという人は、
ギリシャ的な肉体の自由ということに憧れて、
女性を解放するダンス、どこも体を締めつけない
自由なダンスというものを提唱して、一時代を
画した人です。
彼女は(ダンス界のピカソ)とまで言われた人でしたが、
1927年に不幸な事故で急死しました。
それは、彼女がニースでスポーツカーに乗って、
スタートしようとしたときでした。
たしか、ブカッティのオープンカーだったと思います。
彼女は集まったファンに向かって「さよなら、また会い
ましょう。私には未来永劫の栄光が……」という名文句を
言って手を振ったという。そして、車が急発進しました。
その直後、突然、彼女が首に巻いていた長い真紅の
スカーフが車の後輪にからみついて、
首がぎゅっと締まって即死してしまったのです。
恐らく彼女は、長いスカーフを風になびかせながら、
ものすごい勢いで車をスタートさせて、
ファンの視界から遠ざかろうとしたのでしょう。
そういう劇的なシーンを見せようとして、
一瞬のうちに死を迎えてしまったのでした。
そんなことを考えると、人間にはいつ何が起こるかわかり
ません。いまはこうして元気でも、明日は交通事故でこの
命がなくなってしまうかもしれない。
ただそうやってふと感じたことを、
ぼくらは次から次へと流して忘れてしまっています。
ですから、体が語りかけてくる不安というものに、
しっかり耳を傾ける必要があると思うのです。
死の不安に対しても、たじろがずに正面から対峙していく
ことで、そこを突き抜けた強烈な生の実感というものが
出てくる。そんなふうに感じています。
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あえて言わせてもらえば、
絶望ならまだいいのです。
恐怖もまだいい。
不安というのは中途半端な状態です。
恐怖なら、心臓が止まりそうになるとか、
いろいろなことがありますが、
不安というのは緩慢に人のこころを萎えさせる
働きを持つ。
極端な言いかたをすれば、不安をなくす方向へ
いくよりは、逆に不安を恐怖や絶望の域まで
強めていくほうがいいのではないのでしょうか。
つまり、もっと強く不安になったほうがいい、
ということです。
むかしフランスのニースへ行ったときに、
イサドラ・ダンカンのことを思い出したことが
ありました。イサドラ・ダンカンという人は、
ギリシャ的な肉体の自由ということに憧れて、
女性を解放するダンス、どこも体を締めつけない
自由なダンスというものを提唱して、一時代を
画した人です。
彼女は(ダンス界のピカソ)とまで言われた人でしたが、
1927年に不幸な事故で急死しました。
それは、彼女がニースでスポーツカーに乗って、
スタートしようとしたときでした。
たしか、ブカッティのオープンカーだったと思います。
彼女は集まったファンに向かって「さよなら、また会い
ましょう。私には未来永劫の栄光が……」という名文句を
言って手を振ったという。そして、車が急発進しました。
その直後、突然、彼女が首に巻いていた長い真紅の
スカーフが車の後輪にからみついて、
首がぎゅっと締まって即死してしまったのです。
恐らく彼女は、長いスカーフを風になびかせながら、
ものすごい勢いで車をスタートさせて、
ファンの視界から遠ざかろうとしたのでしょう。
そういう劇的なシーンを見せようとして、
一瞬のうちに死を迎えてしまったのでした。
そんなことを考えると、人間にはいつ何が起こるかわかり
ません。いまはこうして元気でも、明日は交通事故でこの
命がなくなってしまうかもしれない。
ただそうやってふと感じたことを、
ぼくらは次から次へと流して忘れてしまっています。
ですから、体が語りかけてくる不安というものに、
しっかり耳を傾ける必要があると思うのです。
死の不安に対しても、たじろがずに正面から対峙していく
ことで、そこを突き抜けた強烈な生の実感というものが
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Comment
人間には正視できないものが2つある
2007-02-12 | ろくろく #- | URL|[ 編集 ]
死の恐怖
願わくば、安らかに死にたいです。劇的でなくともいいです。枯れ木がある時、コトンとかすかな音を立てて朽ち果てるように・・・。
2007-02-12 | やまんばさん #- | URL|[ 編集 ]
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もう一つは死です。
五木寛之さんのように「死の不安に対して、
たじろがずに正面から対峙していく」
ことのできる人は、ごくまれだと思います。
私の場合ですか?
私の場合は、たま〜に正面から対峙するときがありますが、
ほんとに怖いですね。(^.^ ;