碌々(ろくろく)ブログ

先哲の教え、言葉などを通して  心身の健康、真の幸福  そして人生成功の秘訣を  共に探求していきましょう

強烈な死への恐怖が・・・

五木寛之著「不安の力」集英社文庫より (31)


たとえば、インドへ旅行する人は、
しばしばガンジス川のほとりに薪を積み上げて、
死体を焼いている光景を目撃するでしょう。

貧しい人の場合は、
きれいに焼いてもらえずに、
半焼けの状態のまま、崩すようにして
ガンジス川に放り込まれてしまう。

そんなことがインドでは日常の風景になっています。
行き倒れの人もいる。そういう人が道ばたで
息絶えた姿も、いやでも目にはいります。


しかし、死をそのようにありふれたものとして
認識することによって、ぼくらは人間の生命を
いやでも実感できるのではないか。

そして、いま生きている自分や、
いつかは失われていく自分の生命に対する感覚を
強くするのではないか、と思うのです。

ぼくらが感じる死の不安というのは、それとは逆に、
漠たる不安であり、希薄なオブラートに包まれて
いるような不安感だ、という気がします


要するに、ぼくらはいま、死というものと
あらわな形で向き合っていません。
そのため、生の実感も実は希薄です。

と同時に、死への恐怖感もまともに感じとる
ということがない。死も漠たる不安でしかない。

強烈な死への恐怖というものがない限り、
生きているという強烈な生の実感もないのだろう、
という気がします。

たとえば、戦争という極限状態のなかにいる人間は、
つねに死と隣り合わせに生きなければなりません。
トルストイの「戦争と平和」の登場人物が、
戦地で倒れたまま意識を取り戻す場面があります。

彼は青空を眺め、周りの死体を見る。そのとき、
自分の生命を実感し、生きているということを
痛烈に感じるのです。戦場で戦っている兵士たちは、
みんなそれと同じ感覚を感じているはずです。

しかし、そういう機会が少なくなったいま、
なんとなくなし崩しのような感覚のなかで生きている、
と感じている人が多いのではないでしょうか。

生きているのか死んでいるのかわからないような
状態で生きている。むしろ、そのことが大きな不安の
原因になっている、という気がしてなりません。


次回につづく


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2007-02-11 | 癒し・ヒーリング |  コメント : 2  |  tb : 0

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タンジブル=触れる

2月9日午後10:00〜NHK総合で放映された
プロフェッショナル 仕事の流儀「出過ぎた杭は誰にも打てない〜石井裕」
では最先端のコンピューターが紹介されていました。

近未来のコンピューターやネット社会では
「実際に触れる」と言うことが当たり前のことに
なるのかもしれません。


世界有数の理工系大学マサチューセッツ工科大学。
その中で、名をとどろかせる日本人教授、石井裕(51歳)。
常識を覆すコンピューター開発で、世界から注目を集める。
石井が考えた新たなコンピューターの概念は「タンジブル」。
現実のモノを触ることで、コンピューターを簡単に操作する夢の技術だ。
その信念は、誰も取り組んでいない未知の研究にこだわること。
厳しい競争の現場で、いかに大胆な発想が生まれるか・・・

http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/070208/index.html


2007-02-11 | ろくろく #- | URL|[ 編集 ]

本音で触れ合う

人と触れ合う。動物と戯れる。ころがって草に触れる。においを嗅ぐ。だんだん忘れられている行為。インターネットではだめ。目と目がものをいう。表情を見る。こんなことが大切と思う。生きること。生に触れること。死者に触れる。恐ろしく冷たい。実際に触れてもること。五感を駆使すること。それが大切。そんなことが忘れられていってる。

2007-02-11 | やまんばさん #- | URL|[ 編集 ]

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