2007年02月07日 (水) | Edit |
A・スマナサーラ著「運命がどんどん好転する」慈悲喜捨の瞑想法 国書刊行会より(40)


慈悲喜捨の心はこの世で人間が幸せに
生きていくためにもっとも重要で必要な
感情であるという真理を見てきましたが、

さて実践となるとまた別で、
日常生活のなかではなかなか心は
成長してくれないものです。

そこで慈悲喜捨の心を育てる目的で体系化された
“慈悲喜捨の瞑想法”が必要になってくるわけです。

ここではごく一般的にだれでもすぐ実践できる
“慈悲喜捨の瞑想法”のやり方を説明しておきます。


慈悲喜捨の瞑想法は自分の心のなかが慈悲喜捨の
おもいで満たされるように、いつでもどこでも
ただ一心に念じていることが大切です。

ただ念じているだけで、心は変化していくのです。
従って念じやすいように言葉をあらかじめ自分で
決めておくといいでしょう。

最初は、自分の慈しみの心をつくるところから
はじまります。

「私は幸せでありますように」

と自分の幸せをまず祈るのです。人はだれでも
自分の幸せを一番に希んでいるものですから、
自分の幸せを希うのがそれこそ正直な心なのです。

自分は幸せであるようにと念じるのですが、
ここに理屈を持ってきてはいけません。

「そんなことを念じたって幸せになれるはずがない」

といった理屈が入りますと、そういう人は一生
苦しみを背負い込むことになるのです。

幸せになってもならなくても構わない、
とにかくそう希むことは決して悪いことでは
ありませんから、

「私は幸せでありますように」
と念じるのです。

「私は幸せでありますように」という言葉が実感として
イメージできないという人もままいるようですので、
そういう人は自分が納得できる別の言葉で構いません。

たとえば、自分の気になっている悪いところ、
自分のからだが弱くて気になっているのだったら、

「私のからだは健康的になりますように」
としてもいいでしょうし、
何でもかんでもすぐカッとなって怒りっぽい人は、

「私の怒りがおさめられますように」
と念じてもいいでしょう。

みんなから好かれなかったり、
愛されていないとおもい込んでいる人がいたなら、

「私は周りの人々に愛されますように」
と念じてもいいのです。


次回につづく


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コメント
この記事へのコメント
「私は幸せでありますように」
と、まず、
自分の慈しみの心をつくることが大切なんですね。

自分の幸せを一番に望んでいるはずなのに
「私は幸せになんかなるはずがない」と
考えている時があったりします。

何よりも先ず一番に素直に

「私は幸せでありますように」
「私は幸せでありますように」
「私は幸せでありますように」

と唱えるように心がけます。




2007/02/07(Wed) 20:50 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
念じてみます。
やまんばは、自分の中が調和が取れなくて不安なときから、花に例えたら、ひまわり とか パンジーみたいだと周りからいわれていました。やまんば自身は桜草とか、笹ユリのようなイメージを自身にもっていたのですが^^^^。人から、きっとそのように求められているのかもしれません。やまんば、もうこうなったら雑草のように逞しく生きようと思います!
そのためにも、まずは
「私は幸せでありますように」
「私は幸せでありますように」

「私は幸せでありますように」

あれっ、またまた感動して、涙がでてきましたよ。

いいといわれることは試してみるものですね。
感謝です。
思い出したら、そう念じていきますね。
2007/02/07(Wed) 12:20 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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