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2007年02月03日 (土) | Edit |
A・スマナサーラ著「運命がどんどん好転する」慈悲喜捨の瞑想法 国書刊行会より(36)


親がどんなに心配しても、叱っても
子どもはそんなことは分からないのだと
捨てておけばいいのです。それを、

「わたしが何とかしなくちゃ」とか、
「この子はほんとに悪い子なんです」
「学校で悪い仲間に入ってこんなふうになって
しまったんです」と言って、

何とかしなくてはとおもったところで
どうしょうもないことなのですから、
まず落ちつくことです。


世の中なんてそんなものです。
いいことも悪いことも起こるし、
平和もあって戦争もあるーー。

すべて生命としてだけ見る。
これを“ウペッカー”
つまり平等の心と言うのです。


この心を育てていくと、
心のなかで愛情の波も抜苦の波もなくなって、
非常に安らかな心が生まれてくるのです。

この心を持ったほうがはるかに幅広いのです。
ここまで修業できると、
人間はかなり幸福になります。

静かな幸福とでも言えばいいのか、
これも愛というのです。ですから仏教では、
「一般の宗教で強調している“愛”というものを
鵜呑みにしては危険である」と見るのです。

“愛”を育てるのなら、以上言った四つの
感情を育てなさい、と言っているのです。
愛というような曖昧な言葉に捉われないことなのです。

母が子どもに対して持っている愛は、
ほんとうにただしいものかどうかわからない
というところが真実なのです。

「この子は私の子だよ」とか、
「私のものだよ」とおもっているなら、
それはただの執着であって欲望なのです。

そういう感情でつながっている関係というのは、
最後にはその親子関係は切れてしまうはずです。
お互いが憎みあう関係にまで行ってしまうのです。

一方で同じ母親が、
「せっかく自分のお腹に生まれてきたのだから、
まあ大事に育てて大きくして社会に返してあげましょう」

と自分の単なる義務として、
すごくやさしく育て上げると、
その子どももまたその恩を長いあいだ覚えていて、

「わたしは親に大事に育てていただきました。
ありがとうございます。と言って、どんなに歳をとっても、
社会人になってからも自分の親をありがたいとおもって
いるのです。


次回につづく


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コメント
この記事へのコメント
昔の親の愛は
たしかに、いまよりもずっと「平等の心」に
近いものだったように思います。

子どもの数も多かったし、
食べることで精一杯でしたから、
それどころではなかった。
兄弟が切磋琢磨して学びあうこともできました。

物質的に豊かになりさえすれば、
幸福になれるわけではありませんでしたね。


2007/02/04(Sun) 10:43 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
平等の心
すべて生命としてだけ見る“ウペッカー” は
すばらしいですね。

この考え方が世界中に広まれば
戦争はなくなってしまいますね。

先ず身の回りからはじめなければなりませぬ。(^.^ ;


2007/02/04(Sun) 10:33 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
興味深く拝読しました。貧しい暮らしの中で沢山の子どもを育てた昔の親の愛は結果的にバランスが良かったということになるでしょうか
2007/02/03(Sat) 19:59 | URL  | kounit #-[ 編集]
うれしいな^^
この心が愛なんですね。アハアハ。

うれしいな。

ずーと愛を探していたんだ。

青い鳥とおんなじなんだね
アハアハ ここにあるんだわ^^

手に握ろうとしなければ、この世は愛でいっぱい
空気のように 
充満
深呼吸すれば、愛が入り、出て行くのですね

それなら
やまんばも、愛そのものなんだ^^
アハアハ

昨日はオレンジ色の満月が昇るのを見たよ
そして  今朝
凍てつき 澄み切った空に
白い満月が 音もたてず 静かに 静かに
沈むのを みたよ  

うれしいな 涙が出てきたよ

ろくろくさん ありがとう
みなさん ありがとう
2007/02/03(Sat) 11:11 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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