碌々(ろくろく)ブログ

先哲の教え、言葉などを通して  心身の健康、真の幸福  そして人生成功の秘訣を  共に探求していきましょう

死と直面することで生を実感できる

五木寛之著「不安の力」集英社文庫より (29)


人間のさまざまな不安のなかで、
死への不安というのは根源的な
不安だと言えるでしょう。

命あるものは、みんなその命を失うとき
のことを想像しては、誰もが不安になる。

人間の命には限りがあります。
逆に、もし永遠に生きていられると
保証されれば、生きていることにうんざり
してしまうかもしれません。

いずれにしても、自分はいつかこの世を
去っていく、そういう実感があればこそ、
人間は命というものを、これほどいとおしく
感じるのではないでしょうか。


生まれてきた人間は、たとえ天寿をまっとうしても、
ふつう八十年から百年くらいの間でこの世を去らねば
ならない。このことを、みんな頭ではっきりと
わかっています。

平均寿命などの統計を見れば、
そんなことは誰でも知っています。

しかし、死ということをことをいちいち考えていたら、
この競争社会のなかではとても生きていけません。
たとえば、小学生が中学受験の最中に、

自分は何年かのちにはこの世を去っていく身である、
みたいなことを考えていたら、とても受験勉強などは
やっていけないでしょう。

競争社会では、いつも目の前のことを一所懸命に
頑張っていく。いまの人生がとりあえずつづいていく、
という感覚がなければ、競争などそもそもできません。

……
ですから、それをあまり考えないように、
こころのなかに黒い壷のようなものを
つくっているのではないか。

そして、そういう考えが浮かんできたら、
壷のなかに押し込めているのです。

上から重石を載せて、それが出てこないようにして、
一日一日を生きているといってもいいでしょう。

けれども、どんなにこころのなかの壺に押し込めて、
上から重石を載せても、押さえ切れないものがあります。

その壺のなかにたまったものが発酵して、
古いメタンガスが噴き上がってくるように、
ある瞬間どっと噴き出してくる。

それが存在の不安なのではないでしょうか。

命の持つ有限性というものを、
体ははっきりと予感しています。

やがては自分がこの世を去っていくという感覚は、
どんなに悟りを開いた人であっても、非常に恐ろしい、
不安なことに違いありません。

まさにそれは、
こころ萎えることではないか、
と思います。


次回につづく


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2007-01-28 | 癒し・ヒーリング |  コメント : 2  |  tb : 0

Comment

synchronicity

共時性ということをしばしば感じることが
あります。

○○さんからTELがかかるぞと思っていると
ピッタリ図ったように掛かってきたりします。

シンクロニシティですね。
心に思い浮かぶ事象と現実の出来事が一致するんですね。

今回のやまんばさんのお葬式もシンクロニシティが
生じたんでしょう。

2007-01-29 | ろくろく #- | URL|[ 編集 ]

葬儀から帰ってきました

葬儀に行き、まさに死に直面してきました。70歳の男性で、まだまだ若く活動的で、いきなりの死に驚きました。記憶力がすばらしく、昔のことを尋ねるなら、かならず正確に答えてくださり、お話も愉快に身振り手振りが加わり表現豊かな人でした。やるだけのことをやって、潔く一足先にさっと行ってしまわれた・・という感じでした。

2007-01-28 | やまんばさん #- | URL|[ 編集 ]

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