2007年01月20日 (土) | Edit |
A・スマナサーラ著「運命がどんどん好転する」慈悲喜捨の瞑想法 国書刊行会より(31)


喜=ムディターの実践をしていくと、
何を見ても、どんな体験をしても自分にいいこと、
自分に得られる何かがあるのです。

そういう自分の見聞のなかで何かいいことが
発見できるのではないかという方向へと自分を
誘うことができるのです。

こうなるとしめたもので、生きることが、
楽しくて楽しくて仕方がなくなる。
毎日が幸福感で満たされてくる。


皆さんはカラスという鳥が嫌いでしょう?
皆さんなぜカラスを嫌うのか私にはよく分からないのですが、
私はこのカラスという鳥が好きなのです。

「私はカラスが嫌いです」
という意見を聞くと、私など、
「ああ、この人は不幸だな」
とおもってしまう。

カラスが嫌いだというのは、
嫌いだという感情だからどうしようもないのですが、
嫌いという感情は決して幸福にはつながらないのです。

私はカラスが好きです。
カラスを見ていると楽しくて仕方ありません。
どういうふうに楽しんでいるかというと、

第一にカラスというのは決して美しい鳥ではありませんね。
他の鳥たちに比べればまったく美しくない。色は真っ黒だし、
形だってそれほど優雅とはいえない。

大きさも大きくもなければ小さくもない、
どちらともつかない中途半端な大きさでしょう。

白鳥みたいに大きければそれなりの存在感もあるだろうし、
カナリヤや鶯のように小さくてきれいな声で鳴けば
これまた可憐だという魅力がある。

カラスは鳴き声もきれいではないし、
悪食という悪い評判もある。
でも私はそういうカラスの特徴が好きなのです。

このカラスをよく観察していると、
ものすごくしっかりとした性格を持っている
ことに気がつくのです。堂々と生きているのです。

臆病者ではないのです。
だれかがカラスにどんな迷惑をかけても、
決してめげることなく、臆するふうもなく生きている。

皆さん試しにカラスに石か何か投げてごらんなさい。
カラスはしっかりと石を投げた人の顔を覚えていて
必ずやっつけにくるのです。

その人をくちばしで刺すとかして、
必ず報復をするのです。
そういうのは見ていて面白いのです。

くちばしで刺されたくらいで人間は死にはしませんから、
余裕を持ってそういうふうに見ていくと、自分の人生が
楽しくなってくるし、心までが明るくなってくる。


カラスの例に限らず、この世にはこういう素材が
無尽蔵にあるのです。そのなかで心が楽しく、
明るくなれば病気などもしないし、

どこやらの宗教に言ってい高いお金を払って
家内安全とか商売繁盛などわざわざ祈祷しなくとも、

自然にみんなが集まってきて協力してくれたり、
いつも運がいい方へ、いい方へと好転していくのです。

これは奇跡でも運でもない、
ごくふつうの当たり前の真理なのです。


次回につづく


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コメント
この記事へのコメント
カラス天狗
近くのお寺さんにはカラス天狗が奉ってある。
カスタネダのドンファンでは呪術師になるための
守護をしてた。

サッカー日本代表は胸に三本足のカラス
(八咫烏やたがらす)を刺繍してお守りにしている。


カラス=不吉な鳥というイメージは戦後欧米から輸入
されたものではないのでしょうか?
日本人は本来カラスが好きだと思うんですけど。


カラスの鳴き方には色々あるけど
「アワ~、アワ~」とか
「アホー、アホー」とか
ちゃんと「「カーカー」鳴けないのは
子どものカラスだそうです。

見た目は黒くて大人か子どもか分からないけど、
鳴き方で聞き分けるのだそうです。



2007/01/20(Sat) 10:58 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
カラス
カラスをみていると、光の具合で、とてもきれいな色をする時があります。体に比べて嘴が大きい。観察すると、賢いなあと思うけど、長い間の先入観とか、その姿で、好かれないのでしょうね。カラスの鳴き声の物まねをすると、首をかしげて変事をしてくれます。可愛いです。さみしいときは慰められます^^。でも時々「カーカーバカーーカー」にも聞こえることもあります^^。

2007/01/20(Sat) 09:01 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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