2007年01月03日 (水) | Edit |
五木寛之著「不安の力」集英社文庫より (15)


いま、日本では物があふれ、
高価なブランド品が
飛ぶように売れている。

機関銃の弾も飛んでこない。
爆弾も落ちない。
ミサイルも飛んでこない。
空襲警報も鳴らない。


それにもかかわらず、ベトナム戦争などと
くらべものにならない多くの戦死者を、
一般民間人のなかから出しているのです。


そう考えると、いまぼくらは目に見えない
戦いのまっただ中にいるといってもいいでしょう。
あるいは、その戦いを〈こころの戦争〉と
呼んでいいのかもしれない。

二〇〇三年の三月下旬から米英軍のイラク攻撃が
始まりました。ハイテク武器によるバクダッド爆撃の
ニュースなどが、何度もテレビで放映されたので、
その映像をみられたかたも大勢おられると思います。

しかし、バクダッドの市民たちは、子どもも大人も、
映像などではなく、あの市街地の爆発のありさまを、
キノコ雲や巨大な炎というものをその目でまざまざと
直視したのです。

ああいう光景を目撃した人間が、いかに大きな
心的外傷、トラウマを受けることになるか、
想像してもこころがふるえます。

深夜の爆音、サイレン、赤く染まる空、
そういうものを震えながら体験するということは、
大変なことです。

直接、負傷したり、自分の住居を直接破壊されなかった
としてもです。そういう問題を、ジャーナリズムがたいして
感じていないらしいことに、ぼくは驚きました。

人間は体に傷を受け、命を失うだけではない。
ぼくらはこころと体の両方に傷を受けるのです。
しかし、なぜか評論家たちは体に受けた傷しか問題にして
いないらしい。

身体を痛めつけたり、生命を奪ったということしか
眼中にない。死者や負傷者の数しか問題にしていない
のです。

そうではなく、「こころの傷」こそ人間にとっての
一大問題なのではないか。こころのやわらかな子どもたち。
その母たち。あるいは長年そこに住んできたお年寄りたち。

彼らを含めて、自分の街や思い出が爆破されていく
なまなましい光景を目撃した人々は、一生こころが
傷ついたまま生き続けなければならないのでしょう。
体の傷は消えても、こころの傷は消えません。


次回につづく


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コメント
この記事へのコメント
錬金術者さん
今年もよろしくお願いします。

なるほど
自殺も殺人なのですね
たしかに自分は借り物で自分だけのものではない
とわたしも思います。


傷(戦争)から何を学ぶかですよね?
ただ忘れるだけでは真珠は生まれませんですから



2007/01/03(Wed) 22:51 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
やまんばさん
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

幼少時、夜間に飛行機が飛ぶ音を聞いただけで
恐怖心を抱いていたことを
今回の五木さんの記事を読んでいて思い出しました。

やまんばさんのように身近に第二次世界大戦の
戦争被害者がまだまだたくさん
生きているのにかかわらず

バクダッド爆撃のニュースを連日見せられても
すっかり鈍感になっている
自分にちょっと驚いています。

60年前だけど今のバクダッドのようなことが
日本人のわれわれも体験したことだったのでした。

大切なことはけっして忘れてはならないのです。




2007/01/03(Wed) 22:34 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
謹賀新年
 自殺は殺人じょ。自分とはいっても、その自分は借り物じゃ。借り物をエゴから破壊してはいかんぜよ。借り物は、元通りいや、数倍のものに成長させて返すべきぞ。
 また、こころの傷は一生いや永遠に消えんぞな。傷を傷と捉えるのではなく、磨くヤスリと捉えるぞな。傷つくことで、思いやりが生まれるじゃ。
 この世の我々の存在は、いわば、フィルム、影絵のようなもんじゃ。フィルムの傷が映像をつくるように、我々の現在の行動が、明日の世界をつくるじゃ。
 つまり、我々の存在は、今あるものではなくて、自分から何を行うかによっているじゃ。
 傷から何を学ぶかじゃ。真珠は、貝の病から生まれるじゃ。傷を糧として、お互いが癒し会えばよいじゃろう。
2007/01/03(Wed) 14:55 | URL  | 錬金術者 #-[ 編集]
明けましておめでとうございます
ろくろくさん、皆様、やまんば、今年も学びながら、そのことを生活に活かしつつ過ごしてまいりたいと思っています。どうぞ、本年もよろしくお願い申しあげます。

私は、被爆二世です。たまたま、父が広島にいたとき、比治山というところで、原爆にあいました。二階が崩れ落ち下敷きになったそうですが、爪を剥がしながら、土壁をくずし、やっとの思いで外に出てこれたそうです。市内の惨状は、地獄のようで、私たちが、成人になるまで、口にもだせなかった程です。

心の傷は生涯消えることはなく、真剣に世界平和を願っておりました。



2007/01/03(Wed) 11:56 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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