2006年12月27日 (水) | Edit |
五木寛之著「不安の力」集英社文庫より (11)


さらに、安易に不安を取りのぞく、
ということも考えないほうがいいのではないか。

阪神・淡路大震災のときに、
心的外傷後ストレス障害を受けた人が
たくさんいました。

その人たちのこころを癒すために、
いそいで勉強をしたセラピストを志す人が
現場にたくさん集まった、という話もありました。

そのとき、
ぼくは非常に心配な気がしたものです。


人のこころを癒すというときに、
その傷ついたこころを悪と考えて、

それを治すというという考えに立つのは
間違いだということが充分に理解
できているだろうか、と思ったからです。

人のこころが傷つくということ。
それは善でもなければ悪でもない。
ひとつのあるがままの自然な状態です。

その苦痛をできるだけ少なくするとか、そこから
回復していく道を模索していくことは大事です。

けれども、不安を治療するとか、治すとか、
そういう考えかたを持つべきではない
というのがぼくの考えです。

傷ついたこころというのは決して本当には
治らないのです。それとどうつきあっていくか、
ということしかありません。

それは、腰痛と言うものが、
人間が直立二足歩行をやめない限り
治らないのと似ています。

太古から、ぼくらの祖先は、
四本足で地面を歩くことをやめ、
脳を肥大させる道を選びました。

そのため、不自然な二本足の姿勢で生きることを
選択したときから、腰痛は人間に宿命づけられて
いるわけです。

腰痛に悩んでいる人はたくさんいますが、
痛みが顕在化しないようになだめていくしか
ありません。

筋力をつけたりして、できるだけ他のほうで
サポートして表に出ないようにする。
そういうことしか考えられないのです。


ガンが治るという言葉もぼくは嫌いです。
人間は生まれたときからガンをを内包している。

人間にとっていちばん大きな「死」という
運命のガンを治療することなど、絶対にできません。

ぼくらは誰もが緩慢な死へ向かっている
旅人なのです。


次回につづく


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コメント
この記事へのコメント
運命のガン
が「死」であるならば、
治療することなど、絶対にできない。
それとどうつきあっていくかしかない


傷ついた心も、
決して治らない・・・

傷ついた心とどうつきあっていくか、
ということしかない。


傷ついた心は善でもなければ悪でもない。
ひとつのあるがままの自然な状態


五木寛之さんの言葉に 久~しぶりに安堵な気持ちに
満たされています。


2006/12/27(Wed) 16:14 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
傷ついた心は悪ではない
やまんばも心からそう思います。

そこは恵みがたくさん隠れているところ。本当の心が詰まっているところ。子供のような感動、冒険心、自由な想像力、知恵あるところ、溢れるほどの愛があるところでした。

「傷ついた心というのは決して治らないのです。それとどうやって付き合っていくかということしかありません」本当に本当にその通りだと思います。

こうして、やまんばがなるだけ正直にコメントするのは、読んでくださる方の何分の一かでも、参考になればと思う心からです。

傷ついた心は悪ではありませんでした。それは、力強い私の味方でした。
2006/12/27(Wed) 10:52 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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