2006年02月06日 (月) | Edit |
十四世ダライ・ラマ著「ダライ・ラマ[死の謎]を説く」より(2)

誰も明日を見通すことはできない。
そのため、
常に明日は不安に満ちている。

未来は神秘そのものである。
これは死の恐怖と同じ種類の不安である。

人が死を恐れる理由の一つは
死後を見通すことができないからだろう。


だが、人は過去の経験から、
明日を、未来を、推しはかる術を
身につけているではないか。

今日の存在の基盤に立てば、
明日はおよそかくあるであろう、
と、推量を働かせることは可能だ。

実際に、人間はそのようにして
毎日の日常を生きている。

明日がわからないからといって、
その不安のために明日を
迎えられない者などいない。

同様に、
この〈現世〉から来るべき〈来世〉が
ある程度は見えてくるはずだ。

ならばことさら、
死に恐れおののく
必要はない。


次回「〈現世〉しか認めぬ者は、死を思うな」につづく


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