2006年12月18日 (月) | Edit |
A・スマナサーラ著「運命がどんどん好転する」慈悲喜捨の瞑想法 国書刊行会より(12)


わかりやすくするために便宜上
“愛の力”と言いましたが、
仏教ではもっとはきり具体的に、

自分も幸せになり他人も幸福にする力を
四つに分けて説明しています。

皆さんも言葉だけは何度も耳にしたり
目にしたこととおもいますが、
『慈・悲・喜・捨』という四つの感情です。

一応勉強として、原語のパーリー語とともに
覚えておいてください。


「慈=メッター(Metta) 」
「悲=カルナー(karuna)」
「喜=ムディータ(Mudita)」
「捨=ウペッカー(Upekkha)」という分類です。

さて、一番目の慈しみの力は“メッター”と言って、
日本語では友情と訳せばいいでしょう。

愛情と違って友情はそれを持ったとしても
別段精神的な負担が生じるわけでもなく、
まず問題の起こらない感情として捉えられています。

たとえば母親が子どもを育てる場合でも、
子どもが一人か二人であれば愛情をそそぐにも
それほどの負担にはならないでしょうが、

愛情という感情は案外あれでエネルギーを消耗するので、
もし子どもが五人、六人となると大変な労力が必要に
なります。親の愛情だからそれはそれでいいじゃないか
と考えるかもしれませんが、

何か子どもに問題が起こったりしたときなど、
たくさんの子どもがいるそれだけで神経を
すり減らしたりしてそれは大変ですよ。

ところが友情なら、一人でも五人でもあるいは十人いても
百人でも別に負担にならないのです。

百人の知り合いがいるとおもえばいいのですから、
自分に対しても気持ちがいいのです。

それは、どこに行ってもたくさんの友人がいて、
生きることがとことん楽しくなってしまうからです。

何があってもすぐ気楽に頼めるし、話し相手にも
不足しないし、何か問題が持ち上がったときでも
みんなに安心して相談できる。

人間は淋しいときに話し相手や一緒にいてくれる
友人を持っているというのは何よりの慰めに
なるものです。

人間が不幸を感じるのは一緒に話し相手に
なってくれる人間のいないときなのです。

我々は心のなかにいろいろと問題を抱えていて、
そういう悩み苦しみを人に喋ることによって
心がリラックスするのです。

とにかく喋りたい、聞いてほしい、
だれか自分の悩みを理解してくれる人に。


次回につづく


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コメント
この記事へのコメント
自分の悩みを理解してくれる人
人間の幸、不幸感の多くは、
人間関係が握っているのかもしれません。

自分の悩みを理解してくれる人が身近に
いらっしゃる方はこれはもう「国宝」のように
大切になさるべきです。貴重ですから・・・・・

何歳になっても、
家族や友人やご近所付き合いには
神経をこまやかにしなければなりませぬね。

スマナサーラさんの「運命がどんどん好転する」
慈悲喜捨の瞑想法では、
いろいろと学べることがあって楽しみです。

2006/12/18(Mon) 19:31 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
友情
人と人との間には、いろんな形の愛があると思います。愛はあるけど、育てていかないと花は咲かないと思います。辛抱強く、大切に。それと、悩みを打ち明けられる人に出会うのは、それ自体で、幸せなこと、ラッキーなことだと、思います。それと、ただただ、聞いて差し上げられる人に出会うことも。
2006/12/18(Mon) 17:36 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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