碌々(ろくろく)ブログ

先哲の教え、言葉などを通して  心身の健康、真の幸福  そして人生成功の秘訣を  共に探求していきましょう

不安を抱えて生きている

五木寛之著「不安の力」集英社文庫より (7)


こころの不自由さを持つ人たちも、
ふだんは英会話教室に通って英語を習ったり、
パソコン教室でパソコンを勉強したり、

ファッションや美容にもつねに
気をつかっている。

ほかの人たちの仲間にはいって、
なんとか後れずに生きていこう、
と努力しているのです。

ところが、こころの不自由さ、
こころの病気のために、

それが全部一挙に覆されてしまうのではないか
という不安をひそかに自分の心に抱いて生きている。


しかも周囲を見回すと、
みんなそれなりに楽しそうに、
明るく元気に生きているという風景が見える。

丸の内にオフィス街の女性などを見ても、
出勤するときはみな一応の恰好をして、
さっそうとあるいている。

そのなかで、その人はきっとこう思うでしょう。
自分だけが病気を抱えている。

自分だけが、いつ何が起きるかわからないという
不安を抱えて生きているらしい。しかし、
それを他人に知られてしまえば大変なことになる。

仲間はずれにされるかもしれないし、
リストラされるかもしれない。そうしたら、
自分は社会の落伍者になってしまう。

そのため、その人は周囲の人たちと同じように
笑顔をつくろうとし、無理にいきいきと行動
しようとします。必死でそうやって装うわけです。

しかし装うということは大変なことです。
偽りの仮面をかぶって生きていくということには、
限界があります。

その結果、その人はストレスに耐えきれなくなって、
週一回とか月に何回とか心療内科に駆け込む。

医者に話を聞いてもらったり、
治療の方針を聞いたりする。
あるいは薬を処方してもらう。

もし、それができないと、
自分は生きている価値がないんじゃないか、
という不安におびえてしまう。

そういう人が、じつはものすごく多いのだ、
ということを最近つくづく感じるのです。

この心療内科に通う人たちが抱えている病気というのは、
その意味では、きわめていまの時代を反映した病気だと
いえるでしょう。


次回につづく


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2006-12-13 | 癒し・ヒーリング |  コメント : 7  |  tb : 0

Comment

こんにちは☆

そのお話って深遠ですわ☆

自分の蒔いた種から思ってもみなかった花が咲くなんて。。

それって、生きとし生けるものには全て「可能性」があるということでしょ?



2006-12-14 | マリア #- | URL|[ 編集 ]

大根菜は知らねど

 植物の花は、大地から宇宙への生命の憧れを表出するものじょ。
 太古は、1つの種から、種まきを季節ごと、つまり天体の配置ごとに変えることで、多種多様の植物をつくったというじゃ。
 だから、ノア(箱舟で有名な)は、多種多様の植物の種を必要とせず、1つの種から、多種多様の植物を生み出す叡智をもっていたというじゃ。

2006-12-14 | 錬金術者 #- | URL|[ 編集 ]

錬金術者さん☆

私、ベランダでガーデニングしているのだけれど、今年、「大根菜」植えてみたら、肝心の大根菜が育つ前に、花が咲いてしまいましたわ(笑)

2006-12-13 | マリア #- | URL|[ 編集 ]

日本の庭園の意味

 俗世間に浸っていると、疎外感ばかりがもたげるじょ。マリアさまも、やまんばさまも、ろくろくさまも、さぞ疎外感の毎日であられるじゃろう。
 
 更に現代人は、退廃物に囲まれ生活しているじょ。心にゆとりがないのは、環境にあるじゃ。だからして、適切に休暇をとって、自然に親しむ旅行をするか、適度な庭園をつくって、自然のなかの魂を感じるか、風流のひとときが必要じゃろう。

2006-12-13 | 錬金術者 #- | URL|[ 編集 ]

疎外感

こんにちは☆

本当そうですよ。疎外感を感じたことの無い人がいたら、お目にかかりたいほどですよね。

最近、心理学関係の本や、日常的にも聞くようになった「インナー・チャイルド」も誰にでもありますでしょう?

それを「特別」に思う事によって、弊害が生じている場合が往々にしてありません?

「依存症」がその最たるものだと思うんですね。私。




2006-12-13 | マリア #- | URL|[ 編集 ]

依存症という心のストレス

 マリアさまもおっしゃるように、根底に、「愛情不足」や「孤独感」があることは、否めないでごんす。
 魂の奥底に愛情不足や孤独感を感じるのは、いってえ、どこからくるのかといいますと、実は環境なんでごんす。
 生命体は、同じ生命体のなかに囲まれて生き、魂が共鳴しあうのが健全な営みでごんす。自然はそのような愛情に溢れていて、無意識下に魂はこのエネルギーを感じているでごんす。つまりは母親に抱かれているような認識でごんす。

 魂はこのような無意識下の環境を必要とするでごんす。現代は、自然破壊が進んで、製作者の配慮に欠けた魂のない建物や堕落した美術や破壊的な創作物に溢れ取り囲まれているでごんす。手抜き工事や外面だけ立派なのは、魂に疎外感を与えるでごんす。

 そのような環境に囲まれて育てば、人間のなかに他に依存しがたい心のストレスが生じるのも当然でごんす。それら建物は専門家しか知りえないものだから、何かあると、自分でコミュニケートしない頼ってしまう心が生じてしまうわけでごんす。
 
 そうして、心まで、専門家というカウンセラーに相談にいくようになるでごんす。

 環境を生命ある魂の込めたものにしなければ抜本的な解決にはならないでごんす。これは、製作者の不真面目な仕事のツケでごんす。

 神様は、公平に人間の行いをみているでごんす。手抜きはいかんぜよ。手抜きは、結果だけを求め、作為、工作をする下心から生じるでごんす。だから、自らの魂にウソをつき、底は空白になって、枯渇していくでごんす。

 魂を込めれば込めるほど、底は満ちていき、逆に下心があると、枯渇し、依存心が生じてきて、存在が希薄になってくるでごんす。

2006-12-13 | 錬金術者 #- | URL|[ 編集 ]

反動。。。

おはようございます☆

>弱いものには、弱いものの強さがあり、強いものには強いが故のもろさがある

>強さも弱さも相対的なもの・・・

私も、全く同感で、錬金術者さんの仰る通りだと思いますわ。

相対的な面て、皆、持っているという「現実」から、目を背ける、認めようとしない人が、大勢いることに、今更ながら驚くのよ。私。

今日の記事にあるように「装う」のは疲れるし「演じきれる」ものでもない。そうすればするほど、その『反動』も大きいものでしょう?自然な感情を押し殺して、不自然ことしているんだから、当然の成り行きなんですよね。

私も含め、誰でも「愛されたい」それは皆同じ。ただ、何事も程度問題で、それが高じると、相手の要求に応えようと、必要以上に「いい子」や「いい人」を、演じて人から『愛情』を得ようとする。そうしないと、愛してもらえないと言う、強迫観念があるから。

どんな問題も、深く突き詰めていくと、その根底に、「愛情不足」や「孤独感」に突き当たりますね。


2006-12-13 | マリア #- | URL|[ 編集 ]

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