2006年12月06日 (水) | Edit |
A・スマナサーラ著「運命がどんどん好転する」慈悲喜捨の瞑想法 国書刊行会より(10)


お金や財産を愛しているということは別に悪いことではなく、
その愛によってその人はそれだけ努力もするだろうし、
どんどん豊かになってゆくのだろうけれども、

その分においてはいいことであってもその反面、
そのひとは精神的に人間としていろいろなダメージをも
受けなくてはならなくなっていくのです。

お金を儲けるために、財産を増やすためには
すごい困難も克服しなければならないだろうし、
いろいろな人間との確執が生じたり、

あるいは人生を台無しにする可能性だって
大いにあり得ることです。


異性を愛することも別に悪いことではないし、
それはそれで自然な感情の発露ではあるのだけれども、

そのことばかりに捉われていると相手を自分の独り占めに
したいという基本的な欲求があるわけですから、
そこにはいろいろな混乱やら嫉妬やらから喧嘩になったり、

相手の見えない心のなかをあれやこれやせんさくして
神経質になったり、トラブルからノイローゼになったりと、
極端に言えば愛欲とか、金銭欲から殺人にまで発展する
場合もあるのです。

「愛しているから他の人に奪われたくなくて、
自分一人のものにしたくて殺しました」などという事件は、
愛情のもつれとしてよく新聞紙上を賑わしたりします。

そういうのはその発端からして決して愛とは言えません。
ですからそういった問題のある愛というのは“欲”として
ちゃんと区別をしているのです。

それは独占欲、所有欲という欲望であって、
愛ではありません。

それに対して、そういった感情的トラブルの何一つ起こらない、
とにかく自分が幸福になるためでなく他人も幸福にしてあげたい、

そういうエネルギーを持ったそういう人のパワーは、
素晴らしい力があるのです。

そのエネルギーがいわゆる“奇跡”という現象を
起こしていくのです。



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コメント
この記事へのコメント
欲が欲をよぶ
ろくろくさんのコメントに答えます。以前書いた婦人ではありませんが、とにかくお金を使わないのです。夜は電灯がつかず、真っ暗な中にテレビの明かりだけが、しずかにもれているそうです。お金がないときは、親切でやさしかった人でしたが、ひょんなことで、お金が入ってから、変りました。お金に支配されているとしか見えません。お金は自分や、人を生かすために使うとこんなに便利で楽しいものはないのに・・。貯めるだけなら、単なる物でしかない。でも、こういうやまんばにもし大金が入ったら、どうなるかわかりません。やはり、お金は魔物です。他にも身近に二人います。お金だけが、自分を守ってくれるがごとく、人をよせつけません。やまんばは三人とも、小さいころから知っているので、本当に悲しいです。
2006/12/07(Thu) 06:52 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
信仰心に相通じるところがあるような愛
う~~んすごいですね。
計り知れないほど深~い愛なんですね。

あやかりたいです。



2006/12/06(Wed) 17:20 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
お金で人生を台無しにしている人
やまんばさん
もう少し詳しくお話いただけませんか?
私の場合は「お金でも人生を台無しにしそう」
なのです。(^。^;)

2006/12/06(Wed) 17:15 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
愛の道は試練の道ぞな
「はじめは些細で欲望に満ちた愛でも、
終いが普遍的な愛に変わればよいじゃ」

なるほど(^。^;)

人間は他に愛情を注ぐことで、
自らのなかに愛と光を生むじゃ。

日本の少子化や自殺問題は、
日本の神様が日本人に愛想を尽かしている
ともいえるじょ。

恐れ入りやの鬼子母神さま~~
どうぞお許しください。m(_^_)m





2006/12/06(Wed) 17:11 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
こんにちは☆

昨日の錬金術者さんのコメントに共感しますわ☆

>愛情を注ぐ存在とは、自立して、その存在がいなくなっても、愛を注げる自立の愛・・・

そうなのよ。。その通りなんですよね。
身近でそういう例を実際に見ていますのでね。私。

何か見返りを求めるとか、ましてや依存や執着とかのレベルを遥かに超えていて、相手がどこにいようが、誰といようが、何をしようが、関係ないの。

「恋」のように派手で状況によって、燃え上がったり醒めたりするものと異なって、地味に見えるけど、その実、計り知れないほど深~い、状況に左右されるような感情ではなくて。


男女愛=渇愛、多くはそのレベルで終わるでしょうけど、極、稀に上のような「愛」のレベルにいきつく恋愛もあるんですよね。。

「愛」が先か「自立」が先かは分りませんけど、このふたつは切っても切り離せない、

何か、ちょっと信仰心に相通じるところがあるような気がしますわ。









2006/12/06(Wed) 13:28 | URL  | マリア #-[ 編集]
錬金術者さん、よい言葉をありがとうございます。
愛の道は試練の道  この世は愛の勉強の舞台  人間は他に愛情を注ぐことで、自らの中に愛と光を生む  どれも素敵な言葉でした。艱難辛苦、乗り越えてこられたのでしょうか。いつも言葉に説得力を感じます。やまんば、納得しました。それから、私の周囲でも、お金で人生を台無しにしている人が何人かおられます。どんな人生を送るのかは、本人の自由ですが、あまりにも身近な人なので、会うごとに、執着の度合いが深まるのが残念です。なんでもほどほどが一番といわれるけど、本当のことなのですねえ・・
2006/12/06(Wed) 11:00 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
みえるものはみえないものから生まれる
 他に愛を注ぐことで、自らのなかに愛が芽生えるじゃ。人類に子が与えられるのは、子を通して、人類が愛を育む機会が与えられているわけじゃ。

 だから、子は神様の人類への贈り物なんじゃ。神様の大切な愛の贈り物を、台無しにしては、人類のなかの愛の火は消えてしまうじゃろう。

 人類に子を与えるのが神様の何よりの愛情の証なのじゃから。遺伝子なんかではないぞな。人類は自らで子をつくることはできんぞ。たとえ子のような人工物が出来たとしても、そこに愛情は無きに等しいものぞ。

 神様の愛である子を、人類の手で何倍もの愛に育むのが、神様への愛の恩返しじゃろう。

 いま、日本の少子化や自殺問題は、日本の神様が日本人に愛想を尽かしているともいえるじょ。せっかく、愛を注いでいるのに、皆、自殺してしまうとは、なんと、日本人は愚かな民族だろうと、嘆いておるぞ、だから天候も荒れ狂っておるぞ。日本の神様は怒っておるぞな。
 長々と書キコして、ろくろくさまには申し訳ないぞな。
2006/12/06(Wed) 09:50 | URL  | 錬金術者 #-[ 編集]
愛は十人十色
 仏教は、あらゆるものに仏が宿るというじゃ。つまり、あらゆるものに慈悲をあたえよという意味じゃ。それは、もう生きるもの全て、生命あるもの全てに愛を注ぐべきじゃというもんで、特定の対象に拘ってはいけないという広い教えなんだろうじゃ。
 区別は、分別知でよろしくないぞな。全ての愛は、愛ぞな。はじめは、欲望であっても、痛い目にあって、偏った愛であったと気づくわけじゃ。愛の道は試練の道ぞな。
 濁った愛から、だんだんと人生の体験から学んで、純粋なものに変わるじょ。光が光源からだんだん広がっていくのと同じじゃぞ。一点ばかし、偏った方向ばかしを照らすと、反対側に、陰が出来て、闇が生まれ、痛い目にあうじゃ。
 はじめは些細で欲望に満ちた愛でも、終いが普遍的な愛に変わればよいじゃ。はじめから、何事も上手くいったら、人生の苦労など意味なしじゃ。
 まずは、家族や恋人からはじまるじゃ。そのための家族や恋人、そして隣人なんじゃね。愛の試練じゃね。この世は愛の勉強の舞台じゃ!
 何事も、既成のものや、機械等に頼らず、愛情を込めて作るのが大切じゃ!人間は他に愛情を注ぐことで、自らのなかに愛と光を生むじゃ。
2006/12/06(Wed) 09:33 | URL  | 錬金術者 #-[ 編集]
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