2006年12月01日 (金) | Edit |
A・スマナサーラ著「運命がどんどん好転する」慈悲喜捨の瞑想法 国書刊行会より(5)


ある人がその神秘なる力によって、
大勢の人の病気を治してしまったという
事実があるとすると、ふつうの人間ならば、

「それだったら、この世には神さまという存在が
あるのではないか」と考えてしまうのは
当然の話でしょう。

そうなると、これまで真面目に仏教の勉強をしてきた人でさえ、
「お釈迦さまは神さまのことはを何も教えてくれないし
説いてもいないけれど、

もし神さまがいるのなら、
我々の勉強している仏教はいったい
どういうことになるんだろう?」とか、


「神さまがいるんだったら、神さまを信じていかなければ
神さまに対しても失礼だし、我々だってどうしていいか
困ってしまう」という疑問にまで話はエスカレートして、
大袈裟に言えば疑心暗鬼の様相を呈してきてしまうのです。

そういう状況にわが意を得たりとばかり、「仏教は間違って
いるのだ、私の言う神さまこそ正しいのだ」と言って、
仏教に対抗してチャレンジしてくるものまであるのです。


これはかつて私が実際に身近で目撃した今となっておもえば
大変貴重なエピソードなのですけれども、とあるバス停で
私は大学に講義をしに行くためにバスを待っていたのです。

バス停にやって来る人たちに向かってひとりの男性が
何枚も何枚もビラを配っているのです。そのビラは
もちろん私にも配られましたから内容は知っているのですが、

「奇跡的に病気を治す」とか、「歩けなかった人がこの方法で
すぐ歩けるようになった」とか、あるいは「目の見えない人が
見えるようになる」「いろいろな伝染病も奇跡的に治る」

などをうたい文句に掲げて病気を治すことを宣伝する
宗教まがいの勧誘のビラだったのです。

そこに労働者風の二人連れの男が通りかかりました。
この男たちもビラを配られて、しばらくビラを眺めて
いたのですけれども、やがてその内のひとりが
ビラを配っている男にこう言ったのです。

「いろんな病気がこんなに簡単に治せるんなら、
あなたはこんな所でビラなんか配らずに病院に行って
みんな治してあげたらどうです?

病院に行けば病気の人がいっぱいいますよ。
みんな苦しんでいるんです。そういう大勢の人を治して
みせるんだったら、私たちもあなたのことを信じますよ」

この労働者風の男の頭はすごいな、と私はひとり感心した
のです。いまでもそのときのことはよく覚えています。

その男の人たちは、やっぱりきちんとした証拠を見せろ
といっているのですね。そういうだれもがおもうことを
遠慮なく言えるところがすごいところです。

一般的には、こういう場合、なんとなく遠巻きにして、
聞きたい肝心なところなのに聞いては失礼ではないかと
変な遠慮から自分たちの疑問をただそうともしないのです。

現代の宗教とはそういった一種の遠慮とでもいう
“聖域”に守られて成り立っているところもあるのです。

でも、この労働者風の男の発した質問は
しごく真面目でまっとうな理屈です。


次回につづく


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コメント
この記事へのコメント
労働者風の男
の方はそれはそれで間違っては
いないと思いますが・・・・
私には偏った考え方だなぁ~と思えてなりません。

治療する能力がある方が病院に行って
見ず知らずの患者さんにいきなり
たとえば手かざしをやっても効果
は出にくいと思います。

手かざしをやる方とそれを受ける
方との間に信頼関係がきづかれていなければ
ならないのです。

やまんばさんの場合は
ご自分も小さいときからよくなった体験をされていて
自信を持ってお子さんに当たられる。

小さなときの母親に対する信頼関係は絶大ですから
腹痛だけでなく、疲れや風邪や多くの病気は
やまんばさんの手当て本当に治ったろうとおもいます。

今大きくなられたお子さんに手当てをされても
きっと治ると思います。
でもご主人に効果があるかどうかはわかりません。


同様にやまんばさんが病院に行って
見ず知らずの人に手当てをやっても
お子さんのようには治らないと思います。

今日の記事に関しては、スマナサーラさんのご意見に
賛成することはできません。




2006/12/01(Fri) 18:47 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
続きます・・・

気、などをちょこっとかじっただけの「素人同様」の人たちが、今、非常に多いんですね。

それが怖いし、受ける人も、その点は老婆心ながら気をつけたほうが良いと思います。
2006/12/01(Fri) 18:07 | URL  | マリア #-[ 編集]
こんばんは☆

やまんばさんの「手当て」の力、私もよく分ります。

子供の頃、父や母に手を握ってもらつたり、さすてもらっただけで、痛みが楽になった経験もありますので。

「てかざし」「気」「レイキ」の効果は大きいですけど、同時に怖いです。

身内でしたり、されたり、のレベルに留まっているうちは何の問題もないでしょうけど。。

他人にしてもらうのには、個人的には凄い抵抗があって、私。「気」をもらうことによる副作用の話、聞いてからは尚のこと。



レイキ、ヒーリング





2006/12/01(Fri) 18:01 | URL  | マリア #-[ 編集]
やまんばの周りには・・・・
その前に。マリアさん、昨日はコメントありがとう。とてもうれしかったです^^。それでは今日のお話ですが、別に宗教ではなくても、やまんばにとって普通のことみたいです。病気は2種類あるのではないかと思う位です。病院に行かないと治らないのと,民間療法(循環をよくして、丈夫な体をつくる、予防みたいなもの)「手当て」という言葉が昔からあるので、誰にでも手のひらからは、エネルギーが出ていると思います。ただ程度の差はあると思いますが・・・。幼い頃は、お腹や、頭が痛いときはやまんばはおばあちゃんのところにいきました。横になると、いつもおばあちゃんは、歌のような文句を唱えながら、さすってくれてました。もちろん治りました^^。やまんばも子供たちが大学受験の時は、夜中寝ている私に「母さん、勉強が終わったから、おねがいします」とやってきて、寝床に横になり、待っているのです。そこに行って全身に手を当てるのです。凝っていたり疲れたりしているところはビリビリします。(特に目と頭)そんなところは、じーと手を当てたままにします。すると、ビリビリの波はだんだん小さくなり、やがて去っていくのです。ただそれだけですが、子供たちは気持ちよく寝息をたてていましたよ^^。親子ですので、「信じる」効果は大きいとは思います。他人には効き目が薄いし、変な目で見られました^^。(ただ、これにお金がからんでくると、欲が心を曇らせるのか、おかしな話になるとは思います。それと、霊がとりついて病気になるというレベルの話は私にはさっぱりわかりません)みんなにも当然この能力はあると思うので、まずは、自分で自分の体に「手当て」したら、元気になると思います^^。体験のみでなんの証明もない話なので、まちがっていたら、ごめんなさい。今に手の療法は、学問として確立する日がくるのではないでしょうか。人間は肉体だけではないと思えるからです。
2006/12/01(Fri) 14:35 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
裸の王様
の間違いです。下の題名。。。何とち狂ったのかしら私。すみません。。
2006/12/01(Fri) 10:43 | URL  | マリア #-[ 編集]
王様の耳はロバの耳
おはようございます☆

何事も時と場所によりますが・・・すご~い共感!!

>この労働者風の男の頭は凄いな・・・(以降、最後の文に至るまで}

聖書だか何だかの「神に問うてはならない」の言葉を、ただただ、ありがたくだか、恐れからか両方だからか、考えてもみないで「神」のいうことだからと、何でも妄信的、従順に従う「自分」の全くない、「神」に依存べったりのタイプやら時に謙虚に過ぎて、自身の考えをはっきり述べない、人の思惑とか、外聞にとらわれてばかりの人間が多い中で、著者が、この「男」の素朴な疑問に感銘を受けたのも無理はない、と率直に思いました。なぜなら、それが本来の『当然の感情』であり、『素朴な疑問』であり、多くの人が口にできない「本音」である、と思うので



疑問に思えば問えばいい。そういうことこそ議論の限りを尽くせばいい。と私もかねがね感じていたことなので、今回、著者に共鳴することしきり!でしたね☆


2006/12/01(Fri) 10:34 | URL  | マリア #-[ 編集]
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