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2006年11月10日 (金) | Edit |
土居 健郎 著「表と裏」弘文堂より(27)


漱石の『こころ』の話に戻ると、
この主人公の「先生」は自分の秘密に
押し潰されて一生を送った人であり、

本来なら自分ひとりその秘密を背負って
墓場に行かなければならぬところであった。

しかし死ぬ直前、自分を慕う青年に
それを打ち明けることができたのだが、
その際単に秘密を打ち明けるだけに終わらず、

青年がそこから生きた教訓を汲み取るように
という青年のためを思う意図も込められていた。


したがってこれをしたためた長い遺書は
秘密の告白であるとともに「先生」の
青年に対する愛の告白でもあって、

そこには、「私の鼓動が停まった時、あなたの胸に
新しい生命が宿ることができたら満足です」
というような激しい言葉さえ記されていた。

一体なぜ「先生」はこの時期に及んで、
すなわち今わの際に青年に対する愛を、
こんなにも劇的な形で告白したのであろうか。

もっとも「先生」が以前から自分を慕って来る
青年を憎からず思っていたらしいことは
充分想像されるところであって、

「先生」の方から、前に、一体なぜそう繁々と
自分のようなもののところに訪ねて来るのかと、
青年に問いただしたこともあったほどである。

ただ彼はこれまで青年に対する自分自身の
感情を直接に表現したことはなかったのである。


ところで「先生」が愛情表現をこれまで
控えていたのは、一般的に云って、
愛の感情は極めてプライベートなものであり、

そう易々と口にすることはできないからであると
説明することができるであろう。

云いかえれば、愛は本来心の秘密であり、
秘密を告白するようにしか愛は告白できない
というわけである。

秘密の告白、愛の告白と、同じ告白という言葉を
双方に用いることがこのことを暗示している。

もっとも「先生」が人間関係に破綻し、
云わば愛に破れた一生を送ってきたという事実も、
彼を愛情表現に逡巡させた原因であった
のかもしれない。


次回につづく


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コメント
この記事へのコメント
出会いの不思議
人の形を丸に例えたら、完全な丸(丸=神)はなく、みんな独特の凸と凹を持っているとします。漱石のこころの中の「先生」の凹は、世界広しといえども、「私」という存在の凸でなければならなかった。互いが出会って、はじめて一つとなり癒された。どちらにとっても、必要欠くべからず出会いの凸凹だった。「なつかしい」という感情がおこる出会いは、この「凸凹ぴったり」がおこりうる可能性が多いのではないでしょうか?一種のサイン。こういう出会いがあると人間は完全な丸になった瞬間を味合うのだから、いつも一緒にいなくてもその後は落ち着くと思うのです。たとえなくても、神とか仏と呼ばれる存在はこちらが目さえ向けば、あらゆる凸凹に、いつでもどこでもぴったりはまってくださると思います。だから、さみしがらなくてもいいと思います。この組み合わせ(=愛)はあらゆるこの世のしがらみを超えておこると思うし、また本人同士しかわからないと思うので、秘密なのだと思います。やまんばの{わかる}を言葉に置き換えたらこんな風になりました。
2006/11/11(Sat) 06:33 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
赤ちゃん
だすかぁ~

赤ちゃんのどんなところが驚きと懐かしさを感じるのでしょう?
しばらく身近に赤ちゃんを見てないから忘れてしもうた。

一人息子の30年前を思い出してもかすんでしまって
驚きといえば・・・赤ん坊はとても賢かった
懐かしさは・・・う~んあの甘いにおいかなぁ~

赤ちゃんの魅力はまず あの笑顔だすなぁ~
それと美しい目や肌の色


2006/11/10(Fri) 16:10 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
やまんばさん
みんなやまんばは本当にわかったのだろうか?
と密かに笑っておいででしょうね^^。
でもやまんばは理屈ぬきでわかったのです。

とおっしゃってもいったい
漱石の「こころ」の先生と私の
何がどう分かったのかがわからないんだよなぁ


それにしても、
「愛の告白」は死を賭してしか伝えられないのでしょうか?

2006/11/10(Fri) 15:53 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
しっかり受け止めました。
漱石の{こころ}にでてくる先生と私。大変多くを学ばせていただきました。「愛は本来心の秘密であり、秘密を告白するようにしか愛は告白できない」そういうのが大人の世界なんですね。みんなやまんばは本当にわかったのだろうか?と密かに笑っておいででしょうね^^。でもやまんばは理屈ぬきでわかったのです。マリアさんがなつかしいなあ。10月18日の彼女のコメントはやはりすごい。大人の女性なのですね。お~い、マリアさ~ん、やまんば、がんばって学んでいるよ~。ろくろくさんがやめないかぎり、学び続けるから、また来て一緒に遊ぼうね。「まったく もう。」でしょう^^。
2006/11/10(Fri) 10:07 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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