2006年09月29日 (金) | Edit |
土居 健郎 著「表と裏」弘文堂より(5)


言葉は心を表現するとともに隠しもするが、
隠すのは何も故意にするものばかりとは
限らない。

というのは何事でもそれをその瞬間に
言葉にするということは、

それ以外のことは
言葉にせず伏せておくということであり、
それ自体すぐれて選択的な行為だからである。

またこれとは別に、
言葉になかなかなりにくいものを敢えて
言葉にする場合は、

「どうも言葉にすると嘘になる」
と言う感覚がおきることがある。


このように言葉を発するという行為は
必然的に影の部分を伴う。

むしろ考えようによっては、
影のところから言葉が出てくる
といってもいいくらいである。

なおこの影は沈黙と云い換えてもよいが、
この沈黙と言葉の関係について

マックス・ピカートが『沈黙の世界』と題する
本のなかでのべていることは
大変興味深いので、以下に引用しておこう。


「言葉と沈黙とは密接不離の一体をなすものなのだ。」

「まるで言葉は裏返された沈黙、
沈黙の裏面にほかならないかのように、

そのように自明的に、
そして目立つこともなく、
言葉は沈黙から生ずる。

実際、言葉はそれーーつまり沈黙の裏面ーーなのだ。
同様に沈黙は言葉の裏面なのである。」

「沈黙は言葉なくしても存在し得る。
しかし沈黙なくして言葉は存在し得ない。

もし言葉に沈黙の背景がなければ
言葉は深さを失ってしまうであろう。」

「言葉がそこから生ずることによって
初めて沈黙はおのが完成を獲得する」

「沈黙は言葉がそこから生じたのちにも
なお言葉のもとにとどまっている。」


西洋人としては珍しく
沈黙の意義を説いたピカートは、
言葉の意義をそれだけ低く見たのではなかった。

むしろ言葉の意義を重視して次のようにのべている。
「言葉は真理によって沈黙に対する自立性を獲得する。」
「真理は一つの客観的な事象として言葉の論理の中にある。」

このように言葉を重視することに
西洋の思想的伝統が脈打っていることは明らかだが、
日本にはもともとこの種の伝統はなかった。

日本人とてもちろん言葉を軽んずるわけではないが、
しかしどちらかというと言葉が至らないことを
意識することの方が多いのではなかろうか。

日本人が昔から多弁雄弁よりも
寡黙のほうを好んだのも、
同じような理由に基づくと考えてよかろう。


次回につづく


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テーマ:心理学
ジャンル:学問・文化・芸術
コメント
この記事へのコメント
>静かに耳を傾けてくれる男はこのましいでしょ?

勿論ですわ!ろくろくさんって、同時に聞き上手でしょう。
彼にも見習ってほしいくらいですわ☆
2006/09/29(Fri) 17:56 | URL  | マリア #-[ 編集]
寡黙なタイプ
私はどちらかと言えば
「寡黙なタイプ」の方ですから
弁解するわけではありませんが

おしゃべりな男はあまり好きではありません。

かといって「むっつり寡黙なタイプ」
もこまりますよね。
とくに女性のむっつりは恐いですね^^

大概の女の人はおしゃべりですから
静かに耳を傾けてくれる男は好ましいでしょ?



2006/09/29(Fri) 17:50 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
沈黙の世界
わたしも

「何事でもそれをその瞬間に
言葉にするということは、

それ以外のことは
言葉にせず伏せておくということであり、
それ自体すぐれて選択的な行為だからである」

というところはとても興味深かったです。

また「どうも言葉にすると嘘になる」
と言う感覚はしばしばあります。


2006/09/29(Fri) 17:32 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
こんばんは☆

さすがですわあ、ろくろくさんって本当、博識ですよね☆

昔は銀(雄弁)の方が価値があったなんて、知りませんでしたわ!

私、好奇心旺盛で博識な人って大好き♪
刺激になりますし、話をしていても面白いですもん。

私も寡黙なタイプって苦手ですわ。
2006/09/29(Fri) 17:30 | URL  | マリア #-[ 編集]
沈黙は金、雄弁は銀
古代ギリシア、アテネの雄弁家
デモステネスの言葉のようです。

「沈黙はすぐれた話し方よりも勝っている」
という意味だと思いきや

古代ギリシャは現代と異なり銀本位制だったようで
銀は金の10倍の価値だった。

本来の意味は「沈黙は金の値打ちしかないが、
雄弁はそれより高価な銀の値打ちがある」
という意味であったそうな。

辞書には、
「沈黙の方が雄弁よりも説得力がある。
口をきかぬが最上の分別」(岩波書店『広辞苑』)

「沈黙の方が、雄弁よりもまさっていることのたとえ」
(三省堂『大辞林』)

となっているぞなもし。


2006/09/29(Fri) 17:06 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
おじゃまします。
私は脳をフル回転して話す癖が無いので、
>言葉が至らない、  >寡黙、
な方と接するのが下手かもしれません。
2006/09/29(Fri) 16:56 | URL  | windy #-[ 編集]
しびれ切らして
こんにちは☆

錬金術者さん天竺にひとりで行っちゃったんじゃない?
2006/09/29(Fri) 15:18 | URL  | マリア #-[ 編集]
ごめんなさい。途中で送信してしまいましたわ

『ノーコメントもコメントのうち』これは、いかにも西洋っぽいですね☆
2006/09/29(Fri) 13:02 | URL  | マリア #-[ 編集]
こんにちは☆

『沈黙は金なり』って日本の格言でしたっけ?
2006/09/29(Fri) 12:58 | URL  | マリア #-[ 編集]
錬金術者さんへ
9月19日の貴方のコメント、二つ。どちらもやまんばの子供の部分の魂が救われました。今こうしてろくろくさんを信頼して、学んでいけるのは、貴方のあのコメントのお陰です。本当にありがとうございました。この言葉が錬金術者さんに届くように祈っています。
2006/09/29(Fri) 12:22 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
沈黙を読む
{何事でもそれをその瞬間に言葉にするということは、それ以外のことは、言葉にせず伏せておくということであり、それ自体すぐれた選択的な行為}{沈黙は言葉がそこから生じたのちにもなお言葉のもとにとどまっている}というところに感銘しました。
2006/09/29(Fri) 11:54 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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