2006年01月22日 (日) | Edit |
ひろ さちや著 「まんだら人生論[下]」より

節分の夜の豆まきのことばは、
「福は内、鬼は外」
が一般的である。

ところが、
東京の亀戸天神などでは、
「鬼は外」
だけを言って
「福は内」を言わないそうだ。



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この豆まきの行事は、疫病神を
追い払うのが目的で、宮中でおこなわれていた。
したがって、「鬼は外」だけを連呼するほうが、
本来の目的に忠実なわけだ。

反対に千葉の成田山新勝寺などでは
「福は内」
だけを連呼する。

仏教では、「福と鬼」といったふうに、
物事を対立的にとらえることを嫌う。
そうした考え方が、
ここによくあらわれている。

この考え方をおしすすめると、
奈良の吉野山の蔵王堂で行われている、
「福は内、鬼も内」
になる。

ここでは、
積極的に鬼を呼び集めて、
お経の力でもって
鬼を改心させるのだそうだ。

鬼を追い払ってしまえば、
なるほど自分のところだけはよくなるが、
鬼は他人のところに行く。
それでいいというのは、
やはりエゴイズムである。

「福は内、鬼も内」のほうが、
仏教の慈悲の精神に
よくかなっていると思う。


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