2006年07月03日 (月) | Edit |
藤原正彦著「国家の品格」新潮新書より(6)


もし人間にとって最も重要なことが、
すべて論理で説明できるならば、
論理だけを教えていれば事足りそうです。

ところがそうではない。

論理的には説明できないけれども、
非常に重要なことというのが山ほどあります。

別の言葉で言うと、
「論理は世界をカバーしない」
ということです。

数学のように論理だけで構築されているような
分野でも、論理ですべてに決着をつけることは
できないのです。


この事実は数学的にも証明されています。
1931年にオーストラリアの数学者クルト・ゲーデルが
「不完全性定理」というものを証明しました。

不完全性定理というのは、
大ざっぱに言うと、
どんなに立派な公理系があっても、

その中に、正しいか正しくないかを論理的に
判定できない命題が存在する、
ということです。

正しいか誤りかを論理的に判定できないことが、
完全無欠と思われていた数学においてさえある、
ということをゲーデルは証明したのです。


数学の世界でさえも、
論理では説明できないものがある。

まして一般の世界では、
論理で説明できないことの方が普通です。


例えば「人を殺してはいけない」
ということだって、
論理では説明できません。

十年ほど前にこんなことがありました。

日教組の教研修会で、
傍聴していた高校生が会の最後の方になって、

「先生、なんで人を殺しちゃいけないんですか」
と質問した。

そこにいた先生たちは、
誰一人それを論理的に説明できなかった。

びっくりした文部省が、
「人を殺してはいけない
論理的理由をパンフレットに作成中」

と新聞に書いてありました。
読んで笑ってしまいました。


人を殺していけない論理的理由なんて
何ひとつない。

私に一時間くれれば、
人を殺しても良い理由を
五十くらい発見できます。

人を殺してはいけない理由も同じぐらい
見つけられます。論理的というだけなら、
良い理由も悪い理由もいくらでもある。

人を殺してはいけないのは、
「駄目だから駄目」
ということに尽きます。

「以上、終わり」です。
論理ではありません。


このように、
もっとも明らかのように見えることですら、
論理的には説明できないのです。


次回につづく


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テーマ:哲学
ジャンル:学問・文化・芸術
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謎の引き出し
ろくろくにも分類不可能なものを入れるBOXがある。

海辺でひろった貝殻や、散歩時に見つけた綺麗な葉っぱ
、鏡やガラスやテールランプの破片だったり。
気に入っていた絵がある古いカレンダー、
面白いかたちをした石ころだったりする。

どれもこれもなかなか捨てられない。


2006/07/04(Tue) 10:51 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
魂の体験や修行が必要
現代人が、生命を感じるには、
魂の体験や修行が必要

生命を実感するには、モラルが大切
生命は、モラル、道徳から成っている

武士道と共通すろことが、いろいろありますね。
2006/07/04(Tue) 10:36 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
やまんばの謎の引き出し
はじめて耳にする「不完全性定理」の説明を聞いて、やまんばはお片付けする時、どこの引き出しにも分類できない物をしまっておく謎の引き出しとイメージが重なった。物としては意味を成さないのに、思い出があったり、色や形が美しかったりして、捨てがたいものなど、量は少ないのだけど、やたら、種類が多い、そんなおかしな物が詰まっている大切な引き出し。
2006/07/03(Mon) 20:11 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
命は論理では説明つかない
 生命体を科学で説明することができても、生命を生かすことはできないでしょう。生命を生かすということは、生命を創造的に活動させるということです。
 創造的にということは、宇宙全てにとって発展的であり、進化的でなければいけないことだと思います。
 現代人はいまだ生命を感じることはできません。そのように心魂を発展、進化させていないからです。確かに、ギリシア時代の哲学により、理性や悟性を発展させ、物質世界から、物質を用いて創造、発明をすることはできるようになりましたが、現代人が、生命を感じるには、まだまだ、魂の体験や修行が必要なのです。
 生命を実感するには、まずモラルが大切だということです。生命は、モラル、道徳から成っているからだということです。
 そして、鉱物(物質)世界の創造活動を、超えて、植物世界の創造に至らせるべき、意識が必要だということです。植物は身近な生命体だからです。鉱物(物質的肉体)に、生命体(気)が宿っている存在だからです。
 生命を感じるには、植物を自由自在に生育させる力が必要なのです。古代人は無意識的(非理性的)に、これを有していましたが、理性がなかったため、破壊的に使用し、ほとんどが滅亡しました。
 次の時代に、人間はモラル、道徳を修業し、この生命力を、意識的に獲得しなければ、再度、鉱物界の創造を利己的に用い、滅亡するでしょう。
2006/07/03(Mon) 13:26 | URL  | 錬金術者 #-[ 編集]
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