2006年06月12日 (月) | Edit |
竹内一郎著「人は見た目が9割」新潮新書より(3)


舞台であれ、映画であれ、マンガであれ、
物語を作るうえで最も感動的なシーンには

言葉で説明するのではなく、
「絵で見せる」
という鉄則がある。


アーノルド・シュワルツェネッガー主演の映画
「ターミネーター2」のラスト・シーンはこうだ。

自分を犠牲にして、地球を守るターミネーターは、
その最後、親指を立てて親友に別れを告げる。

ここで、「グッド・ラック」や「俺たちは通じ合えたんだ」
という台詞を入れれば、感動はいっぺんに薄れる。
何も言わずに、「絵」だけが印象に残るから名場面となる。


ロビン・ウイリアムズ主演の映画「今を生きる」
のラスト・シーン。

学校の古い体質に抵抗するが、
結局学校から追放される新米教師。

彼が学校を追われる日、
教え子たちは、何も言うことなく、
机の上に立つ。

「あなたを追放した学校は間違っている」
「私たちはあなたの教育方針を支持する」
という態度の表明である。

このシーンでも、台詞があると、
臭くなって観て入られない。


私が書いた「漂鳥の儚(ゆめ)」
という戯曲には、こんなシーンがある。

女が愛している男を騙す。
女は許しを請う。男は、女に
トランプカードの中から、一枚引けという。

スペードのAを引いたら許してやる、と。
女は、見事にスペードのAを引く。

男が去った後、残りのカードを調べると、
カードはすべてスペードのAだった。
男は、最初から許していたのだ。

このシーンにも台詞は邪魔である。


私たちは、言葉を「伝達の手段」であると
思っている。確かにそれはその通りだ。
言葉を伝達以外に使うことはない。

つまり、言葉は伝達するために
「特別に生まれた道具」なのである。

だが、「特別に生まれた道具」
だからといって、
万能というわけにはいかない。

そもそも、人間以外の動物は
「言葉以外の伝達手段(主にアクション)」
で全てを済ませているのである。

つまり、言葉の歴史は、アクションの歴史より
遥かに短いし、私のように、演劇やマンガを
表現手段に使っている人間にとって、

言葉はアクションよりインパクトが小さな
伝達の手段に過ぎないのである。


次回につづく


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テーマ:心理学
ジャンル:学問・文化・芸術
コメント
この記事へのコメント
目は口ほどにものを言うですね

なるほどー感心しました。
確かにー見た目は大事です。
見た目が全てかもしれないくらい!!

なのに私達は、なんだか言葉に振り回されてます。
言葉じゃないんですね。
全体で感じ取らないと、本当に相手が伝えたい事が
解らないかもしれないですね。

あとやっぱ経験が大事なんですね。
体を使って覚えること。
それを忘れて、言葉の情報だけで、経験したつもりに
なって偉そうになってます。
やばい!やばい!!

経験をしっかりした人は見ためにも出てます。
嘘っぽくない、本物って感じです。

これからは本物の時代かなって思います。
ろくさんは本物ですね。

2006/06/14(Wed) 09:03 | URL  | こころこ #-[ 編集]
手をポンポン打ったならば・・・

手を打てば 鯉は餌と聞き 鳥は逃げ 女中は茶と聞く 猿沢の池


手をポンポン打ったならば、
鯉はエサがもらえると思ってよってくるが、
鳥は危険を感じて逃げる。
茶店の女中は、客がお茶を欲しがっていると思う。

「手をたたく」という1つの動作が聞く人によって全部違って聞こえる。

私たちの認識は「外界のまる写し」ではなく
その心のありようによってまったく違った外界を認識する。
2006/06/13(Tue) 18:01 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
皆別々の世界に住んでいる?
 人間の精神面、特に感性に着目すれば、現代人は、個人的な自我をもっているので、皆、別々の世界に住んでいるといえるでしょう。とくに芸術家は、一般人とは、特に違う世界に住んでいるといえるのではないでしょうか? 
 人間の内面(自我や魂)の世界では、皆、いわば別々の世界に住んでいるわけですが、何かの作品を通して、感動を生じたとき、共感が生まれ、別々の世界が、一瞬にしてつながり、統一した世界に生きる実感がわく感じがします。
 とくに、人生での体験のなかに、共感を見い出すでしょう。それは言葉では表現できない感動です。
 この感動は、本来、別々の世界からのものだからこそ、共感しえる喜びを感じるといえるのでしょう。ある意味、男と女が共感しえるのは、内面では全く異なる世界に住んでいるからでしょう?
 言葉にはできない何かの心地よさ。あえていうなら、やはり、愛でしょうかね?
 異なるものを結びつける呪文が、愛だと思います。この世において、皆、外面では、同じ物理的現象に出くわしますが、同じものをみても、何を感じるか、どう理解しあえるかは、自由で、愛の問題です。
 幾多の困難や差異を克服し、乗り越えることが、愛の力といえるでしょう。言葉で書くと、臭過ぎですが…。
2006/06/13(Tue) 11:57 | URL  | 錬金術者 #-[ 編集]
感動を伝えるむつかしさ。
幼いころから、なんども感じてきた。とくに言葉で伝えるのは、むつかしい。みんな別々の世界に住んでるの?と思うくらいです。さらに感動は伝えにくい。一番伝わるのは、音かな。次は映像。香り も力がある。言葉なら、短い方が伝わりやすい。「同感 同感」といったところで、感動にはレベルがあるし、、。やまんばにとって頭がこんがらがる課題です。
2006/06/13(Tue) 09:57 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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