2017年06月15日 (木) | Edit |
J・クリシュナムルティ 中川吉晴訳「瞑 想」星雲社より(13)



To meditate

is to be innocent of time.

瞑想するということは

時間にたいして

無垢になることです

言葉をさしはさむことなく知覚すること

思考をさしはさむことなく知覚すること

それは もっともめずらしい現象のひとつです

そのとき 知覚は

はるかに鋭敏なものになります

頭だけでなく

すべての感覚が働くことになります

そのような知覚は

知性による断片的な知覚ではありません

感覚に左右された現象でもありません

それは完全な知覚とよべるものです

それ自体が瞑想の一部です

瞑想のなかで

知覚する人なしに知覚するということは

かぎりないものの高みと深みに合一することです

このような知覚は

対象を観察者なしに知るこことは

まったくちがいます

なぜなら

瞑想のなかで知覚するときには

対象となるものは なにもなく

それゆえ どんな体験もうまれないからです

もちろん瞑想は

眼を見ひらき

あらゆるものに取りかこまれているときにおこります

しかし そのとき

それらのものは

まったく重要ではありません

それらを見ても

どんな認識過程もおこりません

どんな体験過程もおこらないのです



そのような瞑想に

いったいどんな意味があるのでしょう

どんな意味もありません

どんな効用もありません

しかし そのような瞑想のなかで

大いなるエクスタシーがおこります

それを 快楽とまちがえてはいけません

このエクスタシーは

瞳や 頭や ハートに

無垢の質をもたらします

もし あなたが

生をまったく新しいものとしてみることができないとしたら

人生は 決まりきった 退屈な 

無意味なできごとになってしまいます

だから瞑想は もっとも大切なことなのです

瞑想は

計ることのできないもの

測りようのないものへの

扉をひらきます




次回につづく

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