2017年01月01日 (日) | Edit |
ラマナ・マハリシ著 山尾三省訳「ラマナ・マハリシの教え」めるくまーる社より(8)


1 本当の師(グル・サットグル)の特徴はなんでしょうか?

自己の内にしっかりと定住していること、
すべての事柄を平等の目で見ること、

いつでもどこでも、そしてどんな環境にあっても、
揺るぎない勇気を持っていること、などである。


2 最も熱心な弟子(サットシシャ)の特徴はどんなものでしょうか?

悲しみをぬぐい去って歓喜に至ることを激しく願い、
すべての種類の世俗の楽しみを激しく捨て去った者である。

3 教え(ウパデーシャ)とはどのようなことなのでしょうか?

教え(ウパデーシャ)という言葉は、
「場所あるいは席の近くにある」という意味を持っている。

ウパは「近くに」、デーシャは「場所」または「席」を意味する。
サット-チット-アーナンダ(存在-意識-幸福)という三語一体が
指し示しているものが、肉体の姿をとって現れたものがグルである。

弟子は、感覚の対象物にとらわれて自分自身の真実の性質から
はぐれ、喜びと悲しみに打ちのめされて苦しんでいる。

グルは弟子を自分の近くに引き寄せ、彼がそのような苦しみに
沈むのを防ぎ、彼の真実の本性の内に、彼自身をあますところなく
確立するよう導くものである。

ウパデーシャとはまた、遠い対象物を間近に示すことをも意味する。
弟子が、遥か彼方のものであり自分とは関係ないものと信じこんで
いるブラフマンは、すぐ、近くにあるものであり、彼自身に
ほかならぬことが、教えられる。


4 グルは弟子自身の自己(アートマン)である、と言われているのが
真実ならば、弟子がどんなに学び、いかなる神秘力を獲得しようとも、
グルの恵みなしには自己実現(アートマ・シッディ)に至ることはない
と言われているのは、どのような原理にもとづくものなのでしょうか?

絶対真理の中では、グルの状態はすなわち弟子の状態である。
けれども、無知ゆえに個人の人格になってしまっている自己には、
グルの恵みなしにその真実の状態あるいは本性を実現することは、
大変にむずかしい。

すべての心の問題は、真実のグルがただそこにいるというだけで制御
される。もし弟子が、自分は学問の大海の向こう岸に至ったと傲慢に
宣言したり、自分はほとんど不可能なことを行うことができると宣言
すれば、グルは彼に尋ねるだろう、

「よろしい。お前は学ぶべきことのすべてを学び終えた。それでお前は
自分自身を知ることを学んだのかね。不可能に近いことをよくなしうる
というお前は、おまえ自身の自己を見たのかね。」

そうすると彼らは頭を垂れて恥ずかしげに沈黙するだろう。このように、
ただグルの恵みによってのみ、自己自身を知りうることが明らかである。


5 グルの恵みのしるしは何でしょうか?

それは言葉や想いを越えたものである。


6 そうだとすれば、グルの恵みによって弟子は真実の状態を悟る、
と言われているのはどういうことなのでしょうか?

それは、夢の中でライオンを見て目を覚ます象のようなものだ。
夢の中でライオンを見ただけで、象が眼を覚ますように、

弟子はグルの恵み深い眼差しを受けて、
無知の眠りの中から真実の知識の目覚めへと眼を覚ます。




次回につづく

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