2016年11月15日 (火) | Edit |
J・クリシュナムルティ 中川吉晴訳「瞑 想」星雲社より(6)


瞑想とは

愛がはたらくことです

それは

ひとりの人にたいする愛ではなく

たくさんの人にたいする愛でもありません

それは

だれもが どんな瓶からでも のむことのできる

水のようなものです


瓶が黄金でできていようと

陶器でできていようと

かまいません

それは尽きることがありません


そこでは ふしぎなことがおこります

それは

どんな薬を飲んでも

自己催眠をかけても

引き起こすことのできないものです

まるで心が

それ自身の中に入っていき

その表面から どんどん深みにむかい

ついには 深さや高さが意味をなさなくなり

測ることが まったくできなくなるところまで

入ってゆくかのようです

この状態のなかに

完全なる平和があります

それは

欲求がみたされておこる満足感とはちがいます

その平和には

秩序があり

美があり

強さがあります

しかし それは

花がこわされるように

すべて破壊されうるものです

けれども

まさに その傷つきやすさのゆえに

不滅なのです

このような瞑想は

ほかのひとから学べるものではありません

あなたは それについて

あらかじめ なにも知ることなく

はじめなくてはなりません

無垢から無垢へと

動いていかなければなりません



次回につづく

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