2016年10月15日 (土) | Edit |
J・クリシュナムルティ 中川吉晴訳「瞑 想」星雲社より(5)


より広い より深い超越的な体験を

たえず追いもとめていくのは

“あるがまま”の実際の現実から

逃避していく ひとつの姿にすぎません


“あるがまま”の現実とは

私たち自身のことです


わたしたちの条件づけられた心のことです

心が

めざめていて

叡智があり

自由であるなら

いったいなぜ

“体験”というようなものを必要とするのでしょう

どうしてそれを得ようとするのでしょう

光は 光です

それは もっと多くの光を

もとめたりしません


Meditation

is

the seeing of what is

and going beyond it.


瞑想とは

あるがままに ものを見ることであり

それを超えていくことです



瞑想は

最も稀有なことのひとつです

それがどういうものなのか 知らないとしたら

あなたは

明るい色彩や 陰影や きらめく光にみちた世界に住む

盲人のようなものです


想は知的なものではありません

しかし ハートが知性の中に入ってくると

知性は まったくちがった質をもつようになります

そのとき 知性には ほんとうに限りがありません

考えたり うまく行動できる能力といった面だけでなく

広大な空間に生きているという実感においても

限りがありません

その空間のなかで

あなたは あらゆるものの一部になっています



次回につづく


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