2016年09月15日 (木) | Edit |
J・クリシュナムルティ 中川吉晴訳「瞑 想」星雲社より(4)



瞑想は きびしい作業です

それには

もっとも高度な規律がもとめられます

ただし それは

順応することでも

模倣することでも

服従することでもありません


その規律は

たえまない気づきをとおしてうまれてくるものです

自分の外側でおこっていることだけでなく

内側でおこっていることにも

たえまなく気づいている ということです

だから瞑想は

世間から隔絶していく行為ではなく

日常の生活のなかでおこる活動です

日常の生活のなかでは

協調性と感受性と知性が必要とされます

ただしい生活をしっかり築いていないと

瞑想は ひとつの逃げ道になり

まったく価値のないものになってしまいます

ただしい生活とは

社会の道徳にしたがうことではありません

ねたみや 貪欲さや 権力の渇望などから

自由になることです

それらはすべて 憎しみをうみだします

しかし 意志のはたらきによって

それらから自由になれるのではありません

自分を知ることをとおして

それらに気づくことによって

自由になれるのです

自分がなにをしているのか 気づくことがなければ

瞑想は 感覚の昂揚をもたらすだけの

ほとんど意味のないものになってしまいます



次回につづく

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