2016年09月01日 (木) | Edit |
ラマナ・マハリシ著 山尾三省訳「ラマナ・マハリシの教え」めるくまーる社より(5)


16 自己(アートマン)の本性は何でしょうか?

真理の内に存在するものは自己のみである。

世界や個々人の人格、そして神は、真珠母貝の
銀色の輝きのように、自己の内に現れるものである。
これら三つは、同時に現れ同時に消えてゆく。

自己は「私」という想いが絶対にないところにあるものである。
それは「沈黙」と呼ばれている。

自己そのものが世界であり、自己そのものが「私」であり、
自己そのものが神である。すべてはシヴァであり、自己である。


17 すべては神のなせるわざではないのでしょうか?

欲望も決意も努力もなしに太陽は昇る。
太陽に照らされて日長石は火を発し、
蓮の花は開き、水分は蒸発してゆく。

人々はおのおのそのなすべき仕事をし終わったのちに休む。
磁力が存在することによって磁石の針が動くように、

個々人が三つの宇宙的機能(宇宙は創造神ブラフマーによって
創り出され、維持神ヴィシュヌによって維持され、破壊神シバァ
によって、破壊される)や

五つの聖務(①ヴェーダの学習、②水と食物を祖霊に献げる、
③ホーマーの火を神々に献げる、④すべての生き物に食物を
与える、⑤来客をもてなす、の五大供養)に支配され、

それぞれのカルマに従って行為し、そののちに休むことが
できるのは、すべてただ神が存在するという美徳によるもので
ある。神は意志を持たず、いかなるカルマも神に力を及ぼす
ことはできない。

それは、世間の行為が太陽に影響力をもたないのと同じであり、
エーテルという実体に、他の四要素が損得勘定を及ぼすことが
できないのと同じである。


18 帰依者の中では、どのような人が最上でしょうか?

自分自身を神である自己(アートマン)にゆだねきった者が、
最も優れた帰依者である。

自分を神にゆだねるとは、自己という想いの他にはいかなる
想いが起こることも許さず、ひたすら自己のうちにとどまって
いることである。

どんな重荷がかかろうとも、神はそれに耐える。
神の至高の力がすべてのものごとを動かしてゆくのに、
われわれはなぜその力に身をまかせないのだろうか。

なぜわれわれは、何をどうすべきかと思い悩み、
何をどうすべきでないかを思い悩むのだろうか。

われわれは、汽車がすべての荷物を運んでくれることを知っている。
汽車に乗ってまでも、自分の小さな荷物を頭にのせて苦労する必要
がどこにあろう。荷物をおろして安心しなさい。




次回につづく

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