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2016年08月15日 (月) | Edit |
J・クリシュナムルティ 中川吉晴訳「瞑 想」星雲社より(3)



瞑想がおこっているかどうかは

頭が完全に静まっているかどうかでわかります

そのとき 頭はいっさいの活動をやめ

どんな体験もうまなくなります

しかしそれは

力づくでひきおこせるものではありません

力づくで頭を静めようとする その瞬間に

あなたは 二つに分裂してしまうからです


nami 01



「わたしは すばらしい体験をしたい

だから なんとしても頭を静めなくては……」

このようなことを口にするひとは

けっして頭を静めることができません

しかしあなたが

思考のあらゆる動きーー

つまり それがどのように条件づけられ

なにを追いもとめ なにを恐れ

なにを楽しみとしているか ということを

たんねんに調べ 観察し

それらに耳を傾けるようになり

頭がどのようにはたらいているかを

見まもるようになると

頭がおどろくほど静かになってゆくことに

気づくでしょう

その静まりは

眠りではありません

とほうもなく活発で

だからこそ 静まっているのです

頭は 発電機のように

摩擦があると 騒音をだしますが

完璧に動いているときには

ほとんど音をたてず

静かになります





静けさは

空間のひろがりをともなって

おこります

静けさの無限のひろがり

それは

心の無限さにほかなりません

そのなかに

中心となるようなものは

なにも存在していません


次回につづく

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テーマ:哲学/倫理学
ジャンル:学問・文化・芸術
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