2016年06月01日 (水) | Edit |
ラマナ・マハリシ著 山尾三省訳「ラマナ・マハリシの教え」めるくまーる社より(2)


7 見られている対象物である世界は、
いつ消えてゆくのでしょうか?

すべての認識作用と、
すべての行動の源である心が静かになったときに、
世界は消えてゆくだろう。


8 心の本性とは何でしょうか?

いわゆる「心」と呼ばれているものは、
自己の内に住んでいる驚くべき力である。
心はすべての想いが起こってくる源である。

想いを離れて心はない。
それゆえ、想いが心の本性である。

想いなくして、世界と呼ばれる独立した実体はない。
深い眠りの中では、想いというものはなく、
世界もない。

眼が覚めている状態、
夢を見ている状態には想いがあり、
それゆえにまた世界がある。

クモが自分の中から糸を出し、
それをまた自分の中に引き戻すのと同じように、
心はそれ自身から世界を作り出しては、
それ自身の内に世界を溶解させる。

自己の中から心が現れるときに、世界が現れる。
それゆえに、世界が(実在として)現れるときには、
自己は隠されている。

自己が輝きつつ現れるときには、世界が現れることはない。
人が絶えることなく心の本性を尋ねつづけるならば、
心は自己を(その残留物として)残して滅するだろう。

自己と呼ばれているものは、アートマンである。

心はつねに何かしら粗大なものに依存してのみ存在する。
それはひとりであることができない。微妙な身体とか
個我(ジーヴァ)と呼ばれているものは、心である。


9 心の本性を知るにはどのような道があるでしょうか?

この身体の内に「私」として立ち現れるものが心である。
自分の身体の内のどこに、まず「私」という想いが現れるか
調べてみると、それは自分のハートであることが知られる
だろう。そこが心の起源の宿る場所である。

人が、絶えず「私」「私」と考えていると、
いつしかその想いはハートに集められてゆくだろう。

心の内に現れる、すべての想いの中の最初のものは「私」
という想いである。他の想いはその後にやってくる。

第二、第三の代名詞が現れるのは、最初の個人代名詞が現れ
た後のことである。最初の個人代名詞なしには、第二、第三
のものはありえないだろう。


10 どうすれば心は静かになるのでしょうか?

「私は誰か」と尋ねることによって。
「私は誰か」という想いは、
他のすべての想いを破滅するだろう。

燃えている薪の山かき混ぜる木の棒のように、
やがては「私は誰か」というその想い自身も滅ぼされて
しまうだろう。そうすれば自己実現がやってくるだろう。



次回につづく

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