2016年04月01日 (金) | Edit |
ティク・ナット・ハン著「微笑を生きる」春秋社より (58)


あなたの敵が苦しんでいる様子が見えてきたら、
自分の洞察力が深まってきた証拠です。

自分のなかに、他人の苦しみを消してあげたい、
という願いが芽生えてきたら、
本当の愛が生まれる兆しです。

しかし気をつけなければなりません。
自分が実際よりも強く思えるときがあるからです。

本当の自分の力を試すには、相手のところへ行って、
その人の話に耳をかたむけ、話をしてみてください。

そうすればすぐに、あなたの優しい同情心が
本物かどうかわかります。あなたの愛が本物か
どうかを試してみるには、相手が必要です。

もしあなたが単に理解とか愛とかいった抽象的な
思いにだけ浸っているのならいるのなら、
それはあなたの想像力がつくりだした幻影で、
本当の理解でも愛でもありません。

和解するときに、こころの底にためらいや相手を憎む
気持ちがあってはいけません。和解とはあらゆる恨み、
悪意、野望に対立し、そこから自由になることです。

そして、どちらかのがわに立つことを拒むものです。
私たちは敵対や争いが起こると、たいてい、どちらか
のがわに立ちたくなります。

曖昧な証拠やうわさをもとにして、ことの正邪を判断
してはいけないのです。たしかに実際の行動に踏み切る
ときには義憤が必要です。

しかし、たとえどんなに正しく筋のとおった義憤で
あっても、それだけでは十分ではありません。この世界
には人の行動を駆り立てるものが山ほどあります。

真の和解に必要な人材とは、こころから人を愛すること
ができ、一方のがわに立たないで、現実を丸ごとかかえ
て見ることのできる人なのです。

私たちが、ウガンダやエチオピアの子どもたちの骨と皮
ばかりの体を、自分の体として見ることができるように
なるまでは、

そして、あらゆる生きものの飢えと苦しみが、
自分のものとして受けとめられるようになるまでは、
気づきと和解の練習をつづけてゆかなければならない
と思います。

このような日々の気づきによって、はじめて差別しない
ことや愛の本質を悟り、生きとし生けるものを慈愛の目
で見つめ、他者の苦しみを救うための真の仕事に
とりかかることができるのです。



次回につづく

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テーマ:仏教・佛教
ジャンル:学問・文化・芸術
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