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2015年04月01日 (水) | Edit |
ティク・ナット・ハン著「微笑を生きる」春秋社より (48)


不浄と清浄。汚れと無垢。
このふたつはともに、
私たちの頭がつくった対立概念です。

庭から切ってきて花瓶にさしたバラは、
清らかで美しく、ほのかな薫りを放ち、
新鮮ないのちに満ちています。

これに対して生ごみ入れは嫌な腐敗臭がして、
朽ちゆくもので満ちています。

しかし、このちがいは、ただ表面的に見たとき
の状態にすぎません。もっと深く見つめると、
ほんの五、六日すると、バラはごみくず同然に
なってしまいます。

微笑みを生きる―“気づき”の瞑想と実践微笑みを生きる―“気づき”の瞑想と実践
(2002/02)
ティク・ナット ハン

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バラのなかにくずを見つけるのに、五日も待つ
必要はありません。ただじっとバラを見つめて
ください。いま、この場で、枯れ朽ちてゆく
バラが見えるはずです。

また同じように、ごみ箱のくずを見つめたら、
数ヶ月のうちに、この朽ちて悪臭を放っているくずが、
おいしい野菜や美しいバラに変身してゆくのが見える
はずです。

もしあなたが見識のある有機園芸家なら、
バラを見てごみくずが見えるし、
ごみくずを見てバラがみえるでしょう。

バラとごみは共存、「インタービー」しているのです。
バラがなければ、ごみはありえません。ごみがなければ、
私たちはバラを手に入れることはできないのです。

おたがいがそれぞれに必要なのです。
バラとごみは等しい立場にあり、
ごみもバラも同じように大切です。

不浄と清浄というふたつの概念を深く見つめてみたら、
インタービーイング(相互共存)という考えに立ち戻る
ことになります。




次回につづく
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ジャンル:学問・文化・芸術
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