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2015年03月01日 (日) | Edit |
ティク・ナット・ハン著「微笑を生きる」春秋社より (47)


もしもあなたが詩人なら、
この紙の上に雲が浮かんでいるのが、
はっきり見えることでしょう。

雲がなければ雨は降りません。
雨が降らなければ、木は育ちません。

そして木がなければ紙はできないのですから、
この紙がこうしてここにあるために、
雲はなくてはならないものなのです。

もしここに雲がなかったなら、
ここにこの紙は存在しません。

それで雲と紙はインタービー(相互共存)して
いるといえるのです。

微笑みを生きる―“気づき”の瞑想と実践微笑みを生きる―“気づき”の瞑想と実践
(2002/02)
ティク・ナット ハン

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「インタービー」という言葉はまだ辞書に載って
いません。それで「インター」という接頭語を、
動詞の「ビー」につけて、「インタービー」という
新しい言葉をつくりました。

この紙をもっと深く見ていたら、
この紙のなかに太陽の光も見えてきます。
太陽がなければ森は育ちません。

実際、太陽がなければ、何も生きていくことが
できません。それで太陽もまた、この紙のなかに
存在していることがわかるのです。

だから、この紙と太陽も「インタービー」して
いるのです。もっと深く見つめてみると、
木こりが見えてきませんか。

木こりが木を切って製紙工場に運び、紙がつくられ
ます。そのうち小麦も見えてくるでしょう。

木こりは日々のパンがなければ生きられないので、
木こりの食べるパンになる小麦も、またこの紙の
なかにあるわけです。それから木こりの両親も見
えてきますね。

このようにどんどん深く見てゆけば、数えきれない
ほどたくさんのものがあってはじめて、ここに一枚
の紙が存在するということに気づくでしょう。

もう少しこの紙を見ていると、
私たち自身もこの紙のなかに見えてきます。

ここに自分を見つけるのはそうむずかしいことでは
ありません。というのは、私たちが何かを見るとき
には、視覚という知覚作用を働かせなければみえない
からです。

だから、あなたのこころも、私のこころも、ここに
参加しているのです。この一枚の紙のなかには、
あらゆるものが入っているのです。

ここにないものをひとつでも捜すことはできません。
時間、空間、地球、雨、土壌のなかの鉱物、太陽の光、
雲、川、熱……すべてのものが、この一枚の紙のなか
に共存しているのです。

だから、ぜひとも「インタービー」という言葉を辞書
にいれてほしいと思うのです。「ここにある」とは
「ともにある」ことです。

私たちが、あるいは、何かのものが、ただ自分だけで
存在するということはありえないのです。私たちは、
ほかのすべてのものとともに存在しているのです。

一枚の紙がここにあるのは、
ほかのあらゆるものがここにあるからなのです。


次回につづく

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テーマ:仏教・佛教
ジャンル:学問・文化・芸術
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