2014年10月08日 (水) | Edit |
ティク・ナット・ハン著「微笑を生きる」春秋社より (44)


「私はこの人がとても好きです」と言うかわりに
「私はこの人になにかしてあげたい。少しでも苦しみ
がなくなるように」と言ってあげたらどうでしょうか。

他の人の苦しみをとりはらうことができたときには、
悲のこころが働いているのです。

だから他人に対する悲のこころを育てて、
それを表現する方法を見つけることが大切です。

他人と接触するときには、思いや行動をとおして、
自分の悲のこころを表現してみることです。

たとえ相手が容易に受け入れられないようなことを
言ったりしたりしたときでも、このように努めてみて
ください。

微笑みを生きる―“気づき”の瞑想と実践微笑みを生きる―“気づき”の瞑想と実践
(2002/02)
ティク・ナット ハン

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このように練習していけば、やがて私たちの愛は
愛する対象である相手に左右されないことが、
はっきりわかってくるのです。

そうなれば、悲のこころは、いかなるものにも動じない
本物に育ちます。

私たちのこころがさらにゆったりと落ちついてくると、
瞑想の対象の人も、しだいにその恩恵を受けてきます。

その人の苦しみもしだいに薄れてゆき、
その人の生活も徐々に明るさを取り戻し、
陽気で快活になってゆきます。
これこそ悲のこころの実り多き成果なのです。

また自分を苦しみに引きこむ人たちの苦悩も瞑想して
みてください。他人を苦しめる人は、必ず自分も苦しん
でいるのです。

私たちはしずかに息を観察し、深いところを見つめて
いればよいのです。そうすれば、その人の苦しみは
一目瞭然に見えてきます。

私たちの苦しみや悲しみのなかには、子どものころ、
両親にどのように扱われたかに原因があるものも
あります。

その両親も親たちの犠牲者だったかもしれません。
苦しみは世代から世代へと伝播して、この人のなかで、
またよみがえってきたのです。

それがわかれば、自分が苦しめられたからといって、
その人を責めることはできなくなります。
その人もまた犠牲者なのです。

深く見つめることは理解することです。
その人が嫌な行動をとった理由がつかめたら、
そのひとへの不快さも消えて、
苦しみが少しでも減るように祈るようになります。

なんだかとってもすっきりして身も軽くなり、
にっこり微笑むこともできるでしょう。

仲なおりするのには、相手が現実にその場にいなくても
よいのです。深く見つめれば、自分のなかで自分自身
との和解が成立して、問題はすっかりすがたを消して
しまいます。

まず自分が変われば、相手はその態度を見て変わり、
こころのなかから自然に流れ出す、愛のすがすがしい
流れを共有することができるのです。



次回につづく

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テーマ:仏教・佛教
ジャンル:学問・文化・芸術
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