2014年04月08日 (火) | Edit |
ティク・ナット・ハン著「微笑を生きる」春秋社より (38)


仏教で「真如」というと、
「ものごとや人間の本質、あるいはその本性」
のことをさします。

人はだれでもそれぞれの真如を持っているのです。
だから他人と一緒に仲良く暮らすためには、
相手の真如も知らなければなりません。

それに気づけたら、
おたがいのことがよくわかって、
喧嘩もせず、一緒に仲よく暮らしてゆく
ことができます。

微笑みを生きる―“気づき”の瞑想と実践微笑みを生きる―“気づき”の瞑想と実践
(2002/02)
ティク・ナット ハン

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私たちは暖房や料理をするために、
ガスを家に引くときには、ガスの特徴をちゃんと
知っていますね。

私たちはガスの危険さを知っています。
気をつけないと死んでしまうこともあるということを。

危険だと知りながら、料理をするにはガスはぜひとも
必要なのですから、ためらわずに家にガスを引くのです。

電気についても同じです。電気の使い方を誤って、
感電死して、いのちを落とすこともあります。

しかし気をつけて使えば、
電気はとても便利でありがたいものなのです。
電気の真如を心得ていれば何の問題も起こりません。

私たち人間も同じことではないでしょうか。
その人の真如をよく知らなければ、
トラブルが起こります。

一緒に暮らす相手の真如を十分に知っていれば、
おたがいが楽しく暮らせるし、
一緒に暮らす利点も多く出てきます。

相手の真如を知ることが、うまくやってゆく鍵なのです。
いつも相手に、花のように美しくあってほしい、
と期待することはできません。

相手が花であると同時にごみくずでもあることを
知っておいてあげるのが大切なのです。




次回につづく

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