2014年03月22日 (土) | Edit |
花山勝友著「親鸞・悪人のすすめ」大和出版より(5)


死の辛さを少しでも解消する道として、
死んだら何もなくなってしまうという、
一見科学的な考え方と、

死んでも何かが残るという考え方とでは、
どちらがいま生きている人間に安らぎを
与えるかといえば、それは明白でしょう。

どんな形でもいいのですが、
私自身が気に入っているのは、
やはり親鸞の説いた道です。

親鸞・悪人のすすめ―自分の心に嘘をついていないか親鸞・悪人のすすめ―自分の心に嘘をついていないか
(1995/10)
花山 勝友

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その中で私にとって強烈なのは、
あの世へ行ったきりではありませんよ、
というものです。

これは還相回向(げんそうえこう)という
難しい言葉を使います。

いったん向こうの浄土に生まれて仏になったものが、
今度はまだ仏になれない人々を救うために
この世に戻ってくるという考え方です。


ですから、
浄土真宗では片道切符ではないのです。
往復切符です。つまり、

阿弥陀仏に救われてこの世にいた者が
極楽浄土に生まれる。
これが往相回向(おうそうえこう)です。

ところが行ったきりではなくて、
向こうに入って仏にならせてもらった者が、
今度は残りの人たちを救うために、

この世にまた戻ってくるというのが還相回向で、
これがあるのが、大変救いになります。


私は、現代人はまだ完全に宗教心を
失ったわけではないと思っています。
それはお彼岸のときにお墓参りするからです。

なぜお墓参りをするのでしょうか。
そこにあるのはただの石とカルシウム(?)です。

無意識のうちに、死後の世界に何かある、
何かあって欲しいと願っているから、
単なる石と骨に手を合わせられるのです。

この気持ちが残っているのだったら、
還相という考え方も、
まだ通じるのではないかという気もします。

そして、そのときに初めて、
いま生きている人の精神的な安定が得られる、
という気がするのですが、いかがでしょう。


次回につづく

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