2014年03月01日 (土) | Edit |
谷沢永一著「人間通」新潮選書より (5)

羨望

人間は自分に与えられた分け前だけで
満足することができない。

他人がもうちょっと沢山を
手にしているのを見たらいらいらする。

絶対量が満足するには足りないことを
不平に思うのではなく、
誰かと較べて自分の方が
僅かに少ないと怒るのである。

私はこれだけで十分ですと
安穏に自足する度量の持ち主は絶対にいない。

人間通 (新潮文庫)人間通 (新潮文庫)
(2002/05)
谷沢 永一

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自分は不平屋ではないという顔つきをさらして、
清貧の人格者であるという評判をとろうと
計算する作戦家を時に見かけるだけである。


人間が自分と他人を比較する性向を持つかぎり、
比較は必ず羨望の情を産んで身を苛(さいな)む。

人は他者より何かの部分に秀でていたとしても、
同時に何かの面でほんの少しでも劣るであろう。

その欠落要素だけがいつも意識に
大映し(クローズアップ)される。
寝ても醒めても忘れられない。

人間にとってもっともむずかしい舵取りは、
或る事をすっぱり諦めてなお
気持ちを平静に保つ意力である。

しかしまた羨望は一面において
人を努力へと駆りたてる。
負けるものかと意気ごんで精をだす。

結果として向上の弾力(バネ)となる。
羨望は競争を主導(リード)する牽引力となる。

むしろ羨望を媒介として人間関係が
かたちづくられるであろう。

人間同士がお互い完全に無関心となれば、
社会関係が成りたたない。
文明は、人間関係が緊密に組みあわされてこそ進行する。


人間の本性は自己愛である。
自己愛と自己愛が結びつくためには
なんらかの紐帯が要る。

その仲介項として機能するのは
羨望しかない。

羨望こそ人間が人間に関心をいだくために
設けられている唯一の水路でかるかもしれない。
 

次回につづく



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