2014年02月08日 (土) | Edit |
ティク・ナット・ハン著「微笑を生きる」春秋社より (36)


呼吸に気づく練習は、
こころのなかで結ばれてしまった
しこりを見つけだすよい方法です。

自分のなかのイメージ、感情、思考、
言葉、行動に気づいたら、
自分にこう尋ねてみてください。

あの人がああ言ったとき、
私はなぜ不快感を感じたのだろうか?

どうしてあんなことを言ってしまった
のだろう?


微笑みを生きる―“気づき”の瞑想と実践微笑みを生きる―“気づき”の瞑想と実践
(2002/02)
ティク・ナット ハン

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あの人に会うと、どうしていつも母親のことを
思いだすのだろう?

映画のあの配役が嫌いなのはなぜだろう?
昔よく似た人を嫌っていたのだろうか?

このように突っこんで観察してゆくと、
こころのなかにうもれていたしこりが、
しだいに顕在意識にすがたを現わしてきます。

坐って瞑想しながら、すべての感覚器官の扉を閉ざすと、
こころのなかに埋もれていたしこりが、イメージ、感情、
思いとなって、すがたを現します。

このような原因不明の不安感、恐れ、不快感に気づいたら、
それに気づきの光をあててやり、ごちゃごちゃに入りまじ
ったもののなかから、このイメージ、この感情、あるいは、
この思いを、はっきりと意識的に捕らえなおします。

これが一度表面に浮上してくると、力を得て、前よりも
もっと強いものになるので、圧倒されて、こころの安らぎも
喜びも、安楽も、すべて奪いとられてしまいます。

ついにはこれ以上耐えられなくなって、
瞑想の対象を何かほかのものに移したくなったり、
瞑想などすっかりやめてしまいたくなるかもしれません。

瞑想中に眠たくなったり、きょうはもう瞑想をやめよう
と言いだすようなこころの動きを、心理学では「抵抗」
と呼んでいます。

埋もれていた苦痛を意識のレベルまで引き上げるのは
つらいことです。しかし、息の観察と微笑みの練習を
しばらくつづけていたら、じっと坐って、さまざまな
恐れを直視する力が芽生えてきます。

息に気づきながら、そっと微笑んでいると、
こんなふうに言える余裕ができてきます。
「恐れさん、こんにちは、また会いましたね」と。

……
目ざめたこころで、いま、この一瞬の生活を充実していたら、
こころのなかで、いま何が起こっているか、すぐ気づく
でしょう。

こころにわだかまりをつくったり、
それを解けないほどに固くすることもないでしょう。

そして感情の観察の仕方を知っていれば、長いあいだ
かかってできてきた、こころのしこりの根っこを見つけ、

もう手がつけられないくらいカチカチに固まっていても、
徐々に解いて、あたらしい力に変容させることが
できるのです。



次回につづく

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