2013年12月08日 (日) | Edit |
ティク・ナット・ハン著「微笑を生きる」春秋社より (34)


怒りは自分自身の無知のために起こることもあるし、
不快な事態を引き起こした直接的、かつ、その背後
にある根深い原因を十分に理解していないために
起こることもあります。

怒りの根が、欲望や慢心、興奮、猜疑心であることも
あります。しかし、もっとも大きな根は、自分自身の
なかにあります。

外部の条件や他人は二次的な原因にすぎません。


微笑みを生きる―“気づき”の瞑想と実践微笑みを生きる―“気づき”の瞑想と実践
(2002/02)
ティク・ナット ハン

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私たちは、地震や大洪水のような天災はあまり
苦しまずに受けいれるのですが、だれかほかの人が
あなたに危害を及ぼすと、すっかり忍耐することを
忘れてしまいます。

地震や洪水に原因があることは、だれでも知っている
のだから、私たちの怒りに関わりを持った人にも、
それなりの潜在的、顕在的理由があることに気づく
べきです。

たとえば、私たちを罵った人は、前日、まったく同じ
ように、誰かほかの人から罵られたのかもしれないし、
あるいは小さいころ、アルコール中毒の父親にいじめ
られていたのかもしれません。

このような相手のがわの原因を見つめ理解してあげる
のも、自分の怒りから解放される道でもあります。

だからといって、ひどく意地悪なことをする人に、
注意してはいけないというのではありません。

ここでいちばん大切なことは、まず自分のがわの
否定的な怒りの種を吟味してみることなのです。

そのあとに、相手を助けたり、またなんらかの注意を
うながすことが必要になれば、怒りや報復というかたち
ではなくて、おおらかな慈悲のこころでしてあげれば
よいのです。

他人の苦しみをこころから理解しようと思えば、
その人が自分の力で苦しみや混乱から立ち直るように
援助してあげるのがいちばんです。

そのような行為は、やがて私たちみんなに及んで、
好ましい影響を与えてくれるにちがいありません。




次回につづく

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