2013年11月08日 (金) | Edit |
ティク・ナット・ハン著「微笑を生きる」春秋社より (33)


しばらく気づきの観察をしていると、
気づきの温かい光のおかげで、
怒りのもとになった原因が見えてきます。

瞑想は物の本質を深く見つめてゆく手段です。
自分の怒りを見つめていると、
その根が見えてきます。

誤解、要領の悪さ、不正、恨み、
感情的条件反射など、
いろいろな原因がすがたを現わすでしょう。


微笑みを生きる―“気づき”の瞑想と実践微笑みを生きる―“気づき”の瞑想と実践
(2002/02)
ティク・ナット ハン

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このような根はすべて、
自分のなかにも、怒りを起こすおもな原因を
つくったひとのなかにもあるのです。

これを気づきのこころで観察すると、
その原因がよく見えて理解できるようになります。

観察や理解をとおして、こころを解放してこそ、
愛や慈悲へと深まってゆくことができるのです。

怒りの根を見つめ、理解するために行なう
気づきの瞑想は、この効果を永続させてくれる
すばらしい方法です。

私たちは生のじゃが芋を食べることはできませんが、
生だからといって捨てたりはしません。料理すれば
食べられることを知っているからです。

まずじゃが芋を水の入った鍋に入れ、蓋を閉めて
火にかけます。この火が気づきの力であり、
意識して呼吸の観察をしたり怒りに集中することに
あたります。

蓋は私たちの集中力を象徴しています。
蓋は熱が鍋から逃げるのを防ぐのです。

息の観察をしながら怒りを見つめるとき、
この練習をしっかりと強固なものにするためには、
集中力が必要です。

だから気を引くものすべて退けて、この問題ひとつに
焦点を絞ります。自然のなかに出て、木や花に囲まれて
練習すれば、もっと楽にできるかもしれません。

鍋を火にかけたら、すぐに変化がはじまります。
水が暖まって10分もすれば沸騰してきます。
じゃが芋を軟らかく料理するには、もう少し煮つづけ
なければなりません。

この鍋のなかの変化と同じように、私たちが息の観察を
はじめて怒りに気づくと、すぐに変化は起こりはじめ、
半時間ほどたって蓋を開けてみたら、

前とはまったくちがったいい匂いがただよってきて、
おいしくじゃが芋を食べることができます。

怒りはまったく別のエネルギーに変わってしまいました。
このエネルギーこそ理解し、慈しむこころです。




次回につづく

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