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2006年05月25日 (木) | Edit |
岸田秀著「ふきよせ雑文集」文芸春秋より(6)


人間は本能が壊れた動物であるというのが
唯幻論の出発点である。

本能とは行動規範であり、この行動規範が
壊れた人間は代わりの行動規範を持たざるを
得なくなった。自我である。

行動規範として、自我は本能とくらべて
いろいろな欠陥がある。


第一に、自我は現実と多かれ少なかれずれており、
現実への適応を自動的には保障しない。

第二に、自我は幻想であって、それ自体としては
存立し得ず、存立するためには支えを必要とする。

第三に、自我は他者の自我のコピーであるに
もかかわらず、他者の自我とは切り離されて
孤立しており、他者の自我と人為的につなげる
必要がある。

第四に、自我はつくりものであるから、
どうしても柔軟性を欠き、固定化しやすい。

第五に、同じ理由で、本能よりはるかに壊れやすく、
ともすれば歪んだり病んだりする。

第六に、自我は現実への適応を保障する役割を
担っていると同時に、当人のアイデンティティ、
存在価値、自尊心といったものを支える役割もあり、
この二つの役割はしばしば矛盾するので、
分裂しやすい。

第七に、自我の存在は時間的に限定され、そのうち
消滅することがわかっており、それは耐えがたい
恐怖なので、この恐怖から逃れるため、自我は
何らかの永遠性につなげる必要がある、など。


自我のこれらの欠陥を補うため、人間は神を発明
するとか、家族制度をつくるとか、タブーを設定
するとかのいろいろな面倒くさいことをしてきた
のであるが、貨幣もそのために発明されたものの
一つであろう。

・・・・・・
ライオンがその“労働”の生産物としてシマウマを
捕まえたとする。彼にとって食物としてのシマウマの
肉の価値は、彼が空腹である間しか続かない。

彼が満腹すれば、無価値である。
彼にとってのシマウマの価値は流動的である。

しかし、人間はその生産物の価値を、
自我が固定化されているのに相応じて
固定化しようとする。

かくして、人間にとって彼の世界のなかに、所有物、
すなわち固定化された価値が出現する。

価値を固定化するために発明されたもの、
おそらくそれが貨幣である。

・・・・・・
自我にもとづいてしか労働できない人間は、
自我を支える貨幣のために労働することによって、
その労働を擬似的に動物の“労働”に近づけることが
できたのである。

したがって、
人間ははじめは自給自足の生産をしていて、
そのうち労働の生産性があがり、余剰生産物ができて、

それを他者との交換に回したのではなく、
はじめから貨幣のために労働し、生産したのである。
貨幣は人間の最初の所有物であった。

この貨幣ははじめは呪物のようなものであったであろう。
・・・・・・神から賜った聖なるしるしであった貨幣が
分離しはじめる。

・・・・・・
ついに貨幣は神々の地位を簒奪し、神々の上に立ち、
唯一絶対神のごときものにのしあがる。
資本主義の成立である。

貨幣が神の変わり果てた成れの果ての姿であることは、
現代におけるわれわれの自我と貨幣との関係を
見ても明らかである。

神はおのれの地位を簒奪した貨幣を恨んでおり、
それゆえ、金持ちを軽蔑する。金持ちは汚い。

きたるべき神の国においては、
貨幣は廃止されなければならないであろう。

唯幻論連続オトギバナシ、貨幣の巻、オワリ。


次回につづく


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テーマ:哲学
ジャンル:学問・文化・芸術
コメント
この記事へのコメント
ろくろくさまの洞察されたとおり
そうです。シュタイナーの神秘学から学びつつ、コメントさせていただいています。
2006/05/29(Mon) 09:24 | URL  | 錬金術者 #-[ 編集]
やまんばは元気だよ。
ただね、あんまり賢い方が多いから、やまんばは今日は、頭にすらすら文が浮かばないのよ。無理すると自分の気持ちとちがう文になるので、コメントしませんでしたよ。だけど、ろくろくさんが呼んでくださったので、ちょっとご挨拶にきました。でも、やまんばは学ぶことが、楽しいのです。わからなかったことが、すこしでもわかると感激するのです。毎日ブログは、ノートし、勉強になるろくろくさんや、錬金術者さんのコメントもノートしているから、やまんばは、忙しいのよ。今晩のおかずは何にするか?これもやまんばにとって大切なお仕事なのです。では、いまから、買い物に行ってきます。又、あしたね。みんなのしあわせをいつも心に念じていますよ。
2006/05/26(Fri) 16:00 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
五感に叶うものは・・・
錬金術者さんの切り口は、通常の考え方と
まったく違うのでとても新鮮です。

ろくろくが理解できなかった、シュタイナー(高橋巌)の神秘学というか錬金術などからのアプローチなのでしょうか?

おお~い やまんばさん~おげんきですかぁ~
2006/05/26(Fri) 15:36 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
貨幣こそ幻想です
貨幣は、社会的信用取引の物的証拠です。

貨幣を全て集めたらどうなるでしょうか?

現代社会では、巨大な大金持ちと巨大な貧乏が生じるでしょう。つまり、貨幣を1つに集めることは不可能なのです。なぜならば、トータルでゼロでなければいけないからです。

しかし、恐らく、現代社会は、巨大な負の遺産を拵えているはずです。貧乏には底がないのに、金持ちには限度がないからです。

 現代社会の一番の問題は、貨幣のために命を売ることです。

 死自体に怖れはないのですが、貨幣のために死ぬことで、怖れが生じるのです。

 目にみえるもの、五感に叶うものは、失なわれるから恐ろしいのです。

 もともと、死には命を奪う権利はありませんでした。命に執着するから、死が命を奪う権利を有したのです。それは自我の問題です。
2006/05/26(Fri) 01:26 | URL  | 錬金術者 #-[ 編集]
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