2013年07月22日 (月) | Edit |
月洞 譲著「老子の読み方」祥伝社NON-BOOKより (4)


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親があまり見せたがらない書物の『荘子』を
盗み読みしているうちに、博士は中間子理論の
重大なヒントを得たという話がある。

『論語』や『孟子』にくらべると、
『老子』や『荘子』は、ガラッと違った発想によっている。

そこに、いろいろのアイデアを生む要素が
秘められているのであろう。


老子の読み方―“無為自然”―強かに生きる哲学 (ノン・ブック 207 知的サラリーマン・シリーズ 16)老子の読み方―“無為自然”―強かに生きる哲学 (ノン・ブック 207 知的サラリーマン・シリーズ 16)
(1982/09)
月洞 譲

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太平洋戦争中、
日本の占領している島々がアメリカ軍のために、
次々ともろくも攻め取られているときに、

硫黄島だけが長い間抵抗を続けて陥落しなかった。
というのは、司令官栗林中将が
独特な防御戦法を用いたからだといわれる。

他の島々は敵を一歩も上陸させまいとして、
いわゆる水際撃滅に全力を注いだ。

しかし、いったんそれが破れると、
力を使い果たした日本軍は、
またたく間に全滅してしまった。

ところが栗林中将は、敵の上陸は自由にさせて、
いちばん守りやすいところに強固な陣地を構えて
敵を迎え撃った。

これが、他と違った発想で、
攻撃してくる米軍をおおいに悩ませたのである。
これは、まさに『老子』の発想である。

そして、こういった常識を超えた
発想の持つ力は大きい。

たとえば親鸞は、
善男善女を指導するという立場に立たず、
つねに彼らとともに念仏を唱えつづけた。

『歎異抄』に、「善人なおもて往生す。
いわんや悪人をや」と述べたのは、
当時の人を驚倒させる言葉であったろう。

ふつうなら、「悪人なおもて往生す。
いわんや善人をや」と言うべきである。
しかし親鸞に言わせると、

なまじっかの知識は、かえって往生の妨げになる。
無知で、ただひたすら念仏を唱える者のほうが、
往生しやすいのだと言うのである。

これまた『老子』の中の最も有名な句の一つである
「学を断てば憂いなし」(第二十章)に
通じる考え方であろう。



次回につづく

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