2013年05月22日 (水) | Edit |
月洞 譲著「老子の読み方」祥伝社NON-BOOKより (2)

そもそも、あの生き馬の目を抜くような乱世の春秋時代に、
「何もしないで、のんべんだらりと時を過ごすこと」を
老子が説いたとすれば、

おそらくだれ一人として見向きもしなかったであろうし、
老子自身、飯も食っていけなかったにちがいない。

「無為自然」とは、一口で言うと
「何もしないことをやる」ということである。


老子の読み方―“無為自然”―強かに生きる哲学 (ノン・ブック 207 知的サラリーマン・シリーズ 16)老子の読み方―“無為自然”―強かに生きる哲学 (ノン・ブック 207 知的サラリーマン・シリーズ 16)
(1982/09)
月洞 譲

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勝ちたいときこそ、一歩退いて考える。
つまり、負けないように生きる、
殺されないように生きるという

積極的な意志力を秘めた教えであり、
老子の生きた戦乱の時代に即していたのである。

日本の格言にも「負けるが勝ち」とか
「損して得とれ」などというものがあるが、
これを敗北主義と受け取る人はなく、

みなそれが生活の知恵であることを
認めている。老子の説くところも、
このように、いわば生存の知恵であって、

負けない生き方、
死なない生き方を述べているのである。

たとえば、異性をくどくのに、
しつこくつきまとうほうがよいか、
そっけなくしたほうがよいかは、場合による。

取引きでも、グイグイ押したほうがよいか、
冷却期間を置きながらがよいかも、場合による。

しかしいずれにしても、
ひとつ何かしたいというときに、
頭に来て軽挙妄動するよりも、

いったんグッとこらえて冷静に行動するほうが、
成功する率は高いであろう。『老子』は
そういうブレーキの役も果たすわけである。

つまり「無為」ということは、
「何もしないこと」を為すという
強い意志を尊ぶ教えなのである。


「無為自然」で成功した有名高校長の逸話

ある一流高校の校長をしていた人の話であるが、
彼はその高校に着任したとき、
まずじっと学校を観察した。

先生はうまく組織されており、
よく議論はするが、
良識があって教育熱心である。

生徒は頭はよいが、
ガリ勉の様子は見せず、
クラブ活動を積極的にやっている。

PTAはいろいろ言うが、
学校を信頼している。

そこで校長は、『老子』に
「大国を治めるは、小鮮(小魚)を煮るようにせよ」
(第六十章)と言ってるとおり、

あまり引っ掻きまわさず、
自然にまかせて、
黙っていることにした。

何か起これば、面倒を見るし、
全責任は負うが、
ふだんは何もしない決心をした。


まず生徒に対しては、
始業式や終業式の訓辞は一言のみ、
十秒以内で終わるようにした。

すると、生徒の間に「あの校長は
考え抜いた結論で鋭いことを一言言う」
という伝説が生じ、

遅れていくと式が終わってしまう
というので遅刻が減り、
集合状態がよくなった。


次回につづく

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コメント
この記事へのコメント
何もしないことをやる
ぼくはいつも
何もしないことをやる
ようにこころがけている

でもこれが
結構むずかしい

言わなくていいことを
言ってしまったり
頼まれもしないことを
やったりしてしまうのだ

もっともっとがんばって
何もしないことをやろうと
思う


2013/05/30(Thu) 09:07 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
ひとをゆるすってこと
ゆるしたことって、覚えてないでしょ。
ゆるさなかったことは、やっぱり忘れないじゃないですか。
だから、ひとをゆるすってことは、忘れるってことなんだと思うんですよ。

by 重松清

2013/05/30(Thu) 08:58 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
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