2013年05月08日 (水) | Edit |
ティク・ナット・ハン著「微笑を生きる」春秋社より (27)


西洋の医学は、
あまりにも外科手術を重要視しすぎるようです。
お医者さんは体の不要な部分を切除したがります。

体のなかに異変が起きたら、
すぐに手術を勧めます。
心理療法についても同様です。

セラピストは不要なものを捨てて必要なものだけ
残すように指導するようです。

しかし、そんなことをしたら、
あとに残るものはわずかになってしまいます。

微笑みを生きる―“気づき”の瞑想と実践微笑みを生きる―“気づき”の瞑想と実践
(2002/02)
ティク・ナット ハン

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不要なものをみな排除してしまったら、
私たちの体やこころをつくりあげている、
ほとんどすべてを排除してしまうことになりかねません。

不要なものを排除する代わりに、それを別のものに変える
方法を考えてみたらどうでしょうか。

たとえば、怒りをもっと健全なもの、
理解といったものに変えることができると思います。

怒りをとりのぞくのに外科手術は要りません。
怒りに対して怒りを感じたら、
ふたつの怒りを背負いこむことになります。

そうではなく、
怒りという感情を、ただ優しく、
こころをひらいて見つめるだけでいいのです。

怒りから逃げないで、
このように扱ってやれば、
怒りはひとりでに変化してゆきます。

これはとても平和的なやり方です。
私たち自身が平和ならば、
怒りとも仲よくやっていけるはずです。

落胆、心配事、恐れ、どんな不快な感情でも、
このように扱えば、
ひとりでにすがたを変えていきます。


次回につづく

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コメント
この記事へのコメント
論語大好きさん
はじめまして
コメントありがとうございます。

「他人に頼らずに」
ということはとても大切なことですね。

良寛さんでしたっけ
「世の中にまじらぬとにはあらねども
ひとり遊びぞ我はまされる」

人と一緒にいることもできるけれども
ひとりでいることの方が得意なんだ。

ということですよね。
多くの人が孤独でいることが
できないのは、

他人の評価を求めているからで、
「他人に頼らずに」は
いられないからなんだと思います。


2013/05/11(Sat) 14:43 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
一人を楽しむ
少しずつ、少しずつでいいので他人に頼らずに自分の中でよりよい生き方を考えていければいいのかなと思います。

一方で、気持ちが滅入っているて一人になると悪い方悪い方へと考えてしまう人もいるかと思います。
生きるというのは難しそうです。
2013/05/10(Fri) 02:01 | URL  | 論語大好き #-[ 編集]
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