2013年04月07日 (日) | Edit |
ティク・ナット・ハン著「微笑を生きる」春秋社より (26)


私たちが日々いだく感情は、
思考や行動の原動力として、
大きな力を持っています。

私たちのなかには感情の川が流れており、
その川の水は一滴づつ異なった感情でできていて、
それぞれの感情はほかの感情とたがいに依存していいます。

この流れを観察しようと思うなら、川の土手に坐って、
ひとつひとつの感情が浮かび、流れ、
消えてゆく様子を確認してみればよいのです。

微笑みを生きる―“気づき”の瞑想と実践微笑みを生きる―“気づき”の瞑想と実践
(2002/02)
ティク・ナット ハン

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感情には快(楽受)、不快(苦受)、中性(捨受)
の三受があります。

不快な感情をいだいたら、それを追い払いたくなりますが、
踏みとどまって、息の観察をしながら、
じっとその感情を見つめてみたほうがよいのです。

しずかに自分で確認してみるのです。
「息を吸って、私のこころに不快な感情が起こったと気づく。
息を吐いて、私のなかに不快な感情があると気づく」。

そのとき起こった感情を、具体的に「怒り」「悲しみ」
「喜び」「幸福」と呼んでみたら、もっとはっきり
その感情を?み、もっと深く確認することができます。

湧き起こってくる感情と接触して、
それを受け入れるためには、
息の助けが必要です。

息が軽く落ちついてきたら――呼吸の観察をしたら
自然にそうなるのですが――こころと体は軽やかに(軽安)
鎮まり(澄浄)、感情も鎮まります。

この気づき観察は「不二」の考えに基づいています。
私たちの感情は自分と離れてはいないし、
単に外から引き起こされるわけでもありません。

感情は私たち自身であり、
いだいた感情は瞬時にして自分そのものになります。

だから自分の感情に溺れたり、
暴力的に支配されることはないし、
またこれを拒絶することもありません。

感情にしがみついたり、
拒否したりしないということは、
ただ感情を手放すということです。

これが瞑想行の大切な修業の一部です。

私たちが不快な感情にいたわりと注意をそそぎ、
非暴力の精神で接すれば、
これを健全なエネルギーに変えて、
自分を育てる力にすることができます。

気づきの観察によって不快な感情はあなたを
照らしだして、自己や社会を洞察し、
理解してゆく力となりうるのです。



次回につづく

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