2013年03月07日 (木) | Edit |
ティク・ナット・ハン著「微笑を生きる」春秋社より (25)


たとえば、あなたの夫がいらいらしているとします。
息の観察を習った夫はこの部屋に入って坐ります。

こんなときには呼吸瞑想をするのがいちばん、
と知っているからです。

あなたは彼がどこに行ったのか知らずに、
台所でせっせと人参を切っています。

あなたも同じように苦しんでいます。
彼との口論が原因です。

人参を切る手にも力がこもります。
怒りのエネルギーが手の動きに伝わってくるのです。


微笑みを生きる―“気づき”の瞑想と実践微笑みを生きる―“気づき”の瞑想と実践
(2002/02)
ティク・ナット ハン

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そのとき不意に鐘の音が響きます。
あなたはすぐに気がついて人参を切る手を休めて
息の観察をします。

そうすると前よりもずっと気分がよくなり、
にっこりと微笑み、夫のことを思いだします。

彼は腹が立つと、決まってこの部屋に入って
鐘を鳴らすことを、あなたは思いだしたのです。

呼吸瞑想室にひとり坐って、息を見つめ、
微笑んでいる彼のすがたを想像してみてください。
これはすばらしいことです。

だれにでもできることではありません。
このように自分に戻ってみると、
即座に優しい気持ちが湧きあがってきて、
とても心地よくなります。

三回呼吸してから、また人参を切りはじめたら、
今度は、前とはまったくちがった切り方をしている
はずです。

ふたりの喧嘩を目のあたりに見ていた子どもは、
大嵐を予感していました。この子は自分の部屋に
逃げこんで、息を潜めて、ちぢこまっていました。

でも、聞こえてきたのは、嵐の暴風雨ではなく
鐘の音でした。それでことのなりゆきがわかり、
ほっとして、父親に何か話したくなります。

そこでこの子はしずかに呼吸瞑想室の扉を開けて
部屋に入り、父親の横にそっと寄り添います。
何よりもこころの通うしぐさですね。

父親はもうすっかりこの部屋から出てゆく準備が
できていて、もうにっこりと微笑むこともできます。
娘がそばに来てくれたので、お父さんはもう一度
鐘の音を響かせました。

台所にいたあなたは、二度めの鐘の音を聞いて、
もはや人参を切っている場合ではないと気づきます。
すぐに包丁をおいて瞑想室にむかいます。

夫は、ドアがひらいて、あなたが入ってくる気配を
感じます。自分はもうすっかり立ち直っているけれども、
あなたが部屋に来たので、もう少し部屋にとどまって、
あなたのために、もう一度鐘を鳴らしてあげようと思います。

これは本当にこころなごむ光景です。
あなたがとてもお金持ちならば、高価なゴッホの絵を買って、
居間に飾ることもできるでしょう。

しかしゴッホの絵ですら、呼吸瞑想室でのこの光景の前では
色褪せて見えるでしょう。こころをしずかに響き合わせ、
通わせることこそ、もっとも美しい人間的いとなみでは
ないでしょうか。



次回につづく

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