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2006年05月22日 (月) | Edit |
岸田秀著「ふきよせ雑文集」文芸春秋より(3)


人間のある男がある女の愛を得ようとする場合、
その方法は無数にあり、
唯一の正しい口説き方といったものはなく、

したがって、男は自分が選んだ口説き方が
果たしてよかったかどうなのかと絶えず
不安に駆られ、

口説いているあいだ中、これでうまくいくか
どうか絶えず緊張していなければならない。


そして、失敗したとすれば、
それはその男個人の失敗であり、
うまくやれば成功したかもしれないのに、
その可能性をみずからつぶしたのである。

あるいは、そもそもはじめから全然口説ける
可能性のない女なのに、それがわからず
愚かにも相手を選び間違えたからである。


雄が雌を獲得するのに失敗しても、
それは雌が得られなかっただけのことであるが、

男が女を口説くのに失敗すれば、
単に女が得られなかったというだけではすまず、
男の自我が傷つき、動揺する。

男の男としての自我は女に男として承認され、
愛され、求められ、女との関係において男として
ふるまうことによって成りたっているのだから、

言いかえれば、男の内部に男としての自我を
支えるものは何もないのだから、
口説いた女にふられれば、

自分が男であることを否定された同じで、
したがって、男が女を口説こうとするときに
緊張を強いられるのは当然である。

・・・・・・
同じようにわれわれは入学試験で緊張し、
入社試験で緊張する。

試験を受けて合格するという行動様式が
本能に書き込まれてないことは確かであって、
われわれは必死にがんばって

合格という結果をもたらすべき不自然な
行動様式をとらねばならないからである。

同じくスポーツ選手は試合に臨んで緊張し、
芸人は舞台で緊張し、
講師は聴衆を前に緊張する。

みんな、本能に書き込まれてない不自然な
行動をうまくやろうとするからである。


自我が観察する自我と観察される自我に
分裂するのは、本能が壊れているために
自分で自分の行動を選ばなくてはならない
人間の宿命であるが、

不自然な行動をうまくやろうとするときには、
当然のことながら、この分裂がひどくなる。

自我が自我のめざしている目標のほうに
注意を向けるだけでなく、
目標をめざしている自我自身をも観察し、
観察される自我を支配しようとするからである。

つまり、自我の注意の対象が目標と
自我自身との二つに別れ、
過重な注意を要求されることになる。

それゆえ、緊張状態が持続すると疲れるのである。
ときには、注意が自我自身だけに偏りすぎ、
目標がおろそかにされることがある。

いかにうまくやるかだけが問題となり、
目標が忘れられる。緊張しているとき、
われわれがよく失敗するのはそのためである。


ライオンがシマウマを追っかけているとき、
シマウマに注意を向けないで、自分の体を
いかに動かせるべきかを考えていれば、
シマウマに逃げられてしまうであろう。

ライオンは決してそのような馬鹿なことは
しないが、自我を持つ人間はしばしば
その種の失敗をする。

自我を持つ人間は、
何よりもまず自我の維持こそ関心事なので、
目標は二の次になってしまうのである。


次回につづく


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テーマ:心理学
ジャンル:学問・文化・芸術
コメント
この記事へのコメント
自我の維持・・・
他者の承認が 自我の維持には必要で、

それがなけれれば、崩れてしまう
とても不安定なものですから、
緊張せざるを得ないのです。

2006/05/23(Tue) 16:41 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
自我は幻想
自我は幻想であって、それ自体としては
存立し得ず、存立するためには支えを必要とする。

自我は他者に支えられてはじめて存在しえる。
ということです。
2006/05/23(Tue) 16:22 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
自我の維持というよりは
自我の体験や普遍的な向上といった方が的確のような気がします。ライオンのような動物には、自我はありません。ライオンは、自分を、「わたし」と思いませんから。動物は、集団で、ひとつの自我をもつといわれています。自我の研究は、これから最先端になるでしょうね?
2006/05/23(Tue) 08:23 | URL  | 錬金術者 #-[ 編集]
自我?
本能が壊れその代用品として自我が築かれた、と書いてあるのですが、やまんばは岸田さんのいわれることがむつかしく、本能がこわれていないとおもわれる我が家の犬に尋ねたのですが、なにせ老犬で、思わしい答えが得られなかった。{自我は他者に支えられてはじめて存在しえる}このことは覚えておきます。
2006/05/23(Tue) 06:38 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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