2012年08月01日 (水) | Edit |
J・クリシュナムルティ 中川吉晴訳「瞑 想」星雲社より(31)



瞑想とは

知りえないもののなかでおこる動きであり

知りえないものが動くことです

あなたは そこにいません

ただ動きがあるだけです

あなたは この動きにたいして

小さすぎたり

大きすぎたりします


miti


動きの背後には なにもありません

動きの前面にも なにもありません

それはエネルギーです

物質である思考は

それにふれることができません

思考とは つねに逸脱していくものです

というのも

思考は過去の産物だからです

思考は 何世紀にもわたって酷使されています

だから

混乱していて

クリアーではありません

ためしに あなたが望むことをしてみてください

すでに知られているものは

知りえないものに手をのばすことなどできません

瞑想とは

知られているものを

超えてゆくことです

すっかり静まった心による瞑想

それは

ひとがたえずもとめている

祝福です

この静けさのなかに

静寂の

あらゆる質があります


瞑想瞑想
(1998/06)
J.クリシュナムルティ

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次回につづく


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コメント
この記事へのコメント
今回の記載内容も
クリシュナムルティの瞑想体験を
語ったものです。

瞑想とは
知られているものを
超えてゆくことです

すっかり静まった心による瞑想
それは
ひとがたえずもとめている
祝福です

この静けさのなかに
静寂の
あらゆる質があります


瞑想とは
知られているもの。つまり
思考を超えてゆくこと

すっかり静まった心による瞑想とは
思考が止まった状態のこと。

それこそ
私たちが一番もとめている
真の幸福です

2012/08/09(Thu) 09:08 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
おはようございます^^
コメントをありがとうございます。

やまんば、いつも、楽しませていただき コメントでつぶやいているだけですから、ろくろくさんのコメントはわざわざでなくてもいいですよ^^でも、こうして 時々コメントをくださるのもいいですね!

先日、ここで紹介してくださった、この山頭火の詩や、高村光太郎の詩「あの頃」を、書で書き、余白に水墨画を描いてみました。
一粒で二度おいしい^^^^
これって、意外と興味深い時間でした。

ろくろくブログは、やまんばの人生を豊かにしていただいてます。
いつも ありがとうございます。
2012/08/07(Tue) 09:08 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
行乞記
私はまた旅に出た。――
所詮、乞食坊主以外の何物でもない私だつた、愚かな旅人として一生流転せずにはゐられない私だつた、浮草のやうに、あの岸からこの岸へ、みじめなやすらかさを享楽してゐる私をあはれみ且つよろこぶ。
水は流れる、雲は動いて止まない、風が吹けば木の葉が散る、魚ゆいて魚の如く、鳥とんで鳥に似たり、それでは、二本の足よ、歩けるだけ歩け、行けるところまで行け。
旅のあけくれ、かれに触れこれに触れて、うつりゆく心の影をありのまゝに写さう。
私の生涯の記録としてこの行乞記を作る。
………………

http://www.aozora.gr.jp/cards/000146/files/44913_30581.html
2012/08/06(Mon) 13:53 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
種田山頭火行乞記一
流れる、雲は動いて止まない、風が吹けば木の葉が散る、魚ゆいて魚の如く、鳥とんで鳥に似たり、それでは、二本の足よ、歩けるだけ歩け、行けるところまで行け。

この種田山頭火行乞記一を探すのに
結構時間がかかってしまった。

少し前の文でも
掘り起こすのに
手間取る。

お気に入りはできるだけ
自分や息子にメールしたりして
コピーするようにしているが

コメントする場合は
本文もそえてコメントしないと
どの文を指しているのか
探し出すのに手間取ってしまう。




2012/08/06(Mon) 13:46 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
忘れっぽい天使より
はっとするような色とりどりのお花畑の写真

料理での塩を使うタイミング

めずらしい自然現象

たくさん楽しませていただきました。
その中でも断トツ胸にきたのは
「種田山頭火行乞記一」の紹介でした。
2012/08/05(Sun) 06:39 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
おはようございます。
今回の記載内容は、やまんばには まだまだ理解できません^^^^^^^

忘れっぽい天使をみる
いろんな情報や絵や写真が そこにはある

もともとはすべて白い空間 何もない
心を動くものは そこにはない

そこに一本の線や点があると、たちまち私の思考はそれを餌にして 思考から思考へ さ迷い歩くようだ
思考が湧いたら それがどんなに魅力的でも、また自分が退屈して時間を持て余していようと
それについていってはならない

さまざまな情報群を目にしながら そんなことを感じた

耳を澄ますと遠くでラジオ体操の音がする
2012/08/03(Fri) 06:52 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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