2012年07月07日 (土) | Edit |
ティク・ナット・ハン著「微笑を生きる」春秋社より (17)


いまの世の中では車の運転は
あたりまえのことです。

私は車の運転をやめるように勧めているのではなく、
意識して車を運転するように提案しているのです。

車を運転するとき私たちが考えることは、
ただ目的地に着くことだけです。
だから赤信号にあったら、いらだちます。

赤信号は目的地に着くのを遅らせる憎い敵に
なります。しかし赤信号を、いま、ここに戻る
ための気づきのベルだと考えることもできるのです。

微笑みを生きる―“気づき”の瞑想と実践微笑みを生きる―“気づき”の瞑想と実践
(2002/02)
ティク・ナット ハン

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今度赤信号になったら、にっこり笑って息に戻って
みてください

「息を吸って、私はしずか、息を吐いて私は微笑む」。

とても簡単に、いらだった自分からここちよくくつろいだ
自分に変身することができます。同じ赤信号でもまったく
別のものになります。

赤信号はもう私たちの友達になって、いま、ここ、
この一瞬に生きることの大切さを教えてくれます。

数年前、モントリオールでリトリートを行なっていたとき、
ある友人が車で市街地をとおり抜けて、山へ連れていって
くれたことがありました。

そのとき気づいたのですが、どの車のナンバープレートにも
「ジュ・ム・スーヴィアン」というステッカーが貼ってある
のです。「私は忘れない」という意味の言葉です。

いったい何を忘れないといっているのかよくわかりませんで
したが、おそらくフランス出身のことをいっているんだと
思います。

そこで友人に、このように提案してみました。
「車のナンバープレートに『ジュ・ム・スーヴィアン』と
書いてあるのを見たら、すぐに息に戻って、微笑んでみて
ください。

それは気づきのベルです。あなたはこのモントリオールの街
を走りながら、息の観察と微笑みの練習ができますね」と。

この友人は喜んで、すぐに仲間とこの練習をはじめました。
のちにこのモントリオールの友人が私を訪ねて来たとき、
こう言いました。「モントリオールではうまく練習できるのに、
パリではむずかしいですね。

どこにも『ジュ・ム・スーヴィアン』と書いたプレートがない
のですから」。それで私はこう言いました。「赤信号と停止信号
はパリの至るところにあるのだから、これを使って演習できるで
しょう」。

その後パリ経由でモントリオールに帰った友人は、こんなに
すばらしい手紙をくれました。「先生、パリでも気づきの練習は
ちゃんとできました。車が止まるたびに停止灯がブッタの目の
ように優しくまばたきしてくれたのです。

私もすぐに息に戻って微笑みました。これほどすばらしい返答は
ほかに考えつきませんでした。パリで車を運転しながら、私は
楽しくて仕方ありませんでした」。

交通渋滞に会っても、いらいらして腹を立てないでください。
そんなことをしてもむだでしょう。どっしりと背もたれに身を
任せて、自分に微笑みかけてごらんなさい。

優しいいたわりと微笑をあなたに投げかけてごらんなさい。
あなたがこんなとき息に戻って微笑んだら、同乗者のこころも
なごみます。

自分がどのように息をし微笑むかを心得たなら、
幸せはいつもそこにあるのです。幸せはいつも、
いま、ここで見つけることができます。

瞑想は、いま、この一瞬に戻る練習です。
そうすれば花や青空や子どもたちに出会うことができるのです。
幸せはここにあるのです。



次回につづく

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