2012年05月19日 (土) | Edit |
秋山さと子著「悟りの分析」朝日出版社 より


仏教を他の思想と区別する三つの印として、
三法印があります。それは、

一切皆苦(いっさいかいく)
諸法無我(しょほうむが)
諸行無常(しょぎょうむじょう)

の三つの思想で、
この三つの思想が入っていなければ、
仏教とはいわないのです。

これにもう一つ
涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)
を加えて、四法印ということもあります。


お坊さんのお説教を聞いていると、
仏教なんて、そんなにむずかしいものではなくて、
ともかく悪いことをしなければいいんだと
簡単に考えられます。

悟りの分析―仏教とユング心理学の接点 (PHP文庫)悟りの分析―仏教とユング心理学の接点 (PHP文庫)
(1991/06)
秋山 さと子

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しかし、人間には煩悩とか、無意識とかがあって、
自分では悪いことはしないつもりでも、
無意識が勝手に働いていろんな問題を起こすので、

人間の一生はなんでも自由に自分の思う通りに
やれるというほど単純なものではありません。

しかし、たいていの人は、
まあ適当なところで妥協して、
いろいろな欲望を抑圧して
我慢して生きているのです。

だから、よく考えると、
人間の一生なんて苦労の連続だ
ということもできます。

一切皆苦とは、
人間は生きている限り決して
自由ではないという意味です。


精神分析は、普通、
すでにさまざまな問題を持っている人が、
その問題の解決に行うものです。

しかし、問題の表面的な解決ではなくて、
さらに深いところまでその原因を掘り起こして、
苦労の源泉をつきとめようとします。

だから問題は持ちながらも、
人生は楽しいものだ、
などと夢を見ている人は、

精神分析によって、
実はそんなに自分が夢見ているほど
生きることは楽ではないのだ
という認識からはじまるわけです。

わたしがチュリッヒで受けた教育分析は、
眠っている子を起こすように、
苦労をよびさますようなところがあります。

なぜ、こんなことをわざわざするかというと、
苦労であるのが本当の人生であって、

本当に生きるということは、
そういう苦しいあり方を、
ごまかさないでもっとしみじみと
見つめる必要があるからなのです。


たいていの人は、苦労したり、心労のあまり
ノイローゼになったりしている人を見ると、
つまらないことにくよくよして愚かな人だとか、

ともかく自分のことでなくてよかったと思って、
他人ごとのように考えていますが、
実はその苦労の種は誰の心にも
潜んでいるものなのです。

だから一触即発、
いつ自分がそれと同じ問題で
苦しめられることになるのかわかりません。


次回につづく

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コメント
この記事へのコメント
二つの箇所が 心に残りました。
①一切皆苦・・・人間は生きてる限り 決して自由ではない

②苦労であるのが本当の人生・・だから・・苦しいあり方をごまかさないで もっとしみじみと見つめる

2012/05/20(Sun) 05:42 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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