2012年01月07日 (土) | Edit |
ティク・ナット・ハン著「微笑を生きる」春秋社より (12)


食事のあとの皿洗いがいやだと思うのは、
皿洗いをする前までではないでしょうか。

いったん流しの前に立って、
袖をたくしあげて、
温かい水に手を浸して洗い始めたら、
とても楽しい仕事です。

私は一枚一枚時間をかけて皿を洗うのが好きです。
皿や水、そして皿を洗う手の動きにすっかり
気づいているからです。

sara

もしも早くデザートが食べたくて、
いそいで皿を洗ったら、
皿洗いは不快なものになり、

時間をかける値打ちのないものになって
しまいます。

こんなふうにしか皿が洗えないとしたら、
とても残念です。一分、一秒たりとも私たちが
こうして生きていられることはまさに奇跡であり、

皿がここにあって、私たちがここで皿を洗える
ということは、まぎれもない奇跡なのですから。

もしも私が楽しんで皿を洗うことができなかったり、
早くデザートが食べたくて大いそぎで皿洗いをした
としたら、同じように、デザートも味わって食べる
ことができないでしょう。

フォークを手に持って、次に何をしようかなどと
考えていたら、そのデザートの味も香りも、そして、
おいしいデザートにありつけた喜びもなくなって
しまいます。

いつも先のことにこころを奪われてしまったら、
いつまでたっても、いま、この瞬間に生きることは
できなくなります。

私たちの思いも行動も、気づきの光で照らせば、
すべて神聖なものになります。
この光に聖も俗もありません。

正直にいって、このような荒い方をすると、
時間は少しばかり長くかかりますが、
一瞬一瞬が生きて、本当に楽しく皿が洗えるのです。

皿を洗うことは目的であり、
また同時に手段でもあります。

言い換えれば、皿をきれいにするだけでなく、
ただ皿を洗う、
そのこと自体のために皿を洗うのです。

いまこのひとときを十分に生きるために、
皿を洗うことにいのちをかけるのです。


微笑みを生きる―“気づき”の瞑想と実践微笑みを生きる―“気づき”の瞑想と実践
(2002/02)
ティク・ナット ハン

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