2011年09月25日 (日) | Edit |
山崎龍明著「親鸞に人の生き方を学ぶ」中経出版より

(ろくろく)自己をゼロにして
自己自身の内面を凝視したとき
見えてきたものは
極重(きわめつき)の悪人である
おのれでした。

極重(きわめつき)の悪人である
自己が救われるには 
おのれの努力「自力」だけではとても無理だよ、
ということなのでした。


自力というは、
我が身をたのみ、
我が心をたのみ、
我が力をはげみ、
我がさまざまな善根をたのむ人なり。
(「一念多念文意」)

親鸞に人の生き方を学ぶ―「他力」と「浄土の思想」がよくわかる本親鸞に人の生き方を学ぶ―「他力」と「浄土の思想」がよくわかる本
(2004/08)
山崎 龍明

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自分中心のりきみ心というものは、
いつでも自分の立場をたてにとり、
自分の考えや経験や好みを絶対化し、

自分さえその気になれば
何でもできると思い込み、
自分のしてきたこれまでの実績の効能や、
これからもできるつもりの思わくを
当てごとしている人のことをいう。
(「一念多念文」現代訳)

itinen
重文《一念多念文意(親鸞筆)》


「自分の心をすつ(すてる)というは、
自らが身をよしと思う心をすて、
身をたのまず、あしき心をさかしく省(かえりみ)ず、
また人のよしあしと思う心をすて」

現代訳にすると

「自分独善、自分最高の心をすて、
自分万能の思い上がりに気づく、
したり顔に自分で自分を裁かない、
自分不在のまま他を裁く心をすてる」

ということになります。
親鸞は「自力」(自己中心)の道をすてて、
「他力」(仏中心)の道に生きました。
それが、自己の救われる唯一の道でした。


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浄土真宗数学研究所浄土真宗聖典編纂委員会

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次回につづく
コメント
この記事へのコメント
もう一つ 忘れっぽい天使の中で
蛾の触角の美しい形・・・自然はすごいです!!!

自然の中は驚異と神秘の美しさに満ち満ちています!!!!!!

すばらしいものを見せてくださり ありがとうございました。

2011/09/29(Thu) 06:56 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
今日の言葉
久しぶりに変わりましたね^^
欲望の充足ラインを低めに設定しておく・・・わかりました。

ろくろくさんはパスタやコーヒーがお好きなのですね。
覚えておきましょう^^^

忘れっぽい天使の中にも「コーヒーの起源」の一つが紹介されていましたね。おもしろく読ませていただきました。
コーヒールンバって歌がありましたね。
やまんばは意味もわからず、森山 加代子さんのコーヒールンバの最初の部分を口ずさんでいた小さい頃を思い出し、歌詞を調べてみました。
素敵な歌詞だったのですね。紹介させていただきます。

昔アラブの偉いお坊さんが
恋を忘れた 哀れな男に
しびれるような 香りいっぱいの
こはく色した 飲み物を教えてあげました

やがて心うきうき
とっても不思議 このムード
たちまち男は
若い娘に恋をした

コンガ マラカス
楽しいルンバのリズム
南の国の情熱のアロマ
それは素敵な飲み物
みんな陽気に飲んで踊ろう
愛のコーヒールンバ

^^^^^^^^^^^


2011/09/29(Thu) 06:46 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
今日の言葉
を今朝変えたのですが
長くなりすぎて前半の部分をカット
してしまったので、

なんだかよくわからない言葉に
なってしまいました。


欲望の充足ラインを低めに設定しておけば、
すぐに「ああ、なんという幸せ」という気分
になれるでしょう。

「小さくても確実な幸福」(@村上春樹)を
一つ一つ積み重ねてゆくこと、
それが結局「幸せ」になるための最良の道
だと思います ・・・・・・ 

内田樹「疲れすぎて眠れぬ夜のために」より

が全文です。

小さくても確実な幸福とは
大好きなパスタを食べに行くとか

美味しいコーヒーを
ゆっくり飲むとか

食べ物ばっかりだけど(;^_^A アセアセ・・・
そんなことなんだと思います。




2011/09/28(Wed) 17:55 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
タンブラー
喜んでくださってありがとうございます。

やまんばさんをはじめ皆さんが
見てくださっていると思うから
がんばれるのだとおもいます。

2011/09/28(Wed) 17:47 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
まだ、夜明け前です。
ブログが秋色にかわりましたね^^^
なんだか渋い色ですね。

今朝も忘れっぽい天使を楽しませていただきました。

今朝見た犬や猫たちはえらく真剣な顔で、良い顔してて、頭が下がりました。

印象に強く残った言葉は
「その人と仲良くなりたかったら
その人をまるごとそのままみたらいい

何考えてるのかわからなかったら
何を考えているんだろう?って見て聞いたらいい

その人のことを知りたいという気持ちがあれば
それだけでいい

知りたいと思う気持ちは好意であり 愛だ

その人に対して好意を持っていないのに
適当に「解決策を提示」して
「教え諭して」やろうと思うのは 
単にその人を踏み台にして
自分が優越感をもちたいだけだ

****なるほど~~~~、今後の生き方の参考にさせていただこう・・・******

「女と何を話したらいいかわからない 続 妄想的日常」
・・・吹き出しました^^^^^

漫画のうさぎのつぶやき
「さみしくて死んじゃうのは 人間だけだろ」
そうなんだあ・・・・と、しみじみし、人間みんなにすごい親しみを感じました。

今朝も素敵な絵に会わせていただきました。
「無題」墨だけかなあ・・・
それだったら すごいなあ・・・

好きな絵がいっぱい
エゴンシーレ クリムト  ルドン  モロー ピカソ
ゴッホ ゴーギャン 他にも名前は知らないけど、素敵な絵が溢れている 
見させていただき うれしいです。
ありがとうございます。
2011/09/28(Wed) 05:24 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
勝手に再々落ち込まない^^^^
高い位置に居る自分が前提にあるから…落ち込む^^^
 
   やまんばは自分を高い位置に置いていた
   
   そういうことなんだわ・・・

しかし、おもしろい。
今、やまんばが取り組もうとしている絵は、まさにこのこととか、自立しようとする意思が、構図を決定させていたのだと、絵から気がつきました。
自分は自分のことがわからない。
いつも、自分の絵が先に行って、振り返り教えてくれます。

思考に走らない・・・ではなく
「思考に走っている」自分を見る

落ち込んでいるときは、ありのままにみていないということ

なるほどなあ・・・と思いました。
ろくろくさん、ありがとうございました。
2011/09/26(Mon) 05:36 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
あしき心をさかしく省(かえりみ)ず
「おのれの悪心をわかったげに反省などするな」
ということなのでしょう。これを別な言葉に
置き換えたなら「勝手に再々、落ち込むな」と
いうことなのかもしれません。

独善、つまり自分がいつでも正しいという前提
が潜んでいるから、そうでない自分を垣間見た
とき、落ち込むのではないか・・・・・

高い位置に居る自分が前提にあるから落ち込む
ことになる。

「唯、目の前に起きる現象をありのままにみる」

「思考に走らない」のではなくて、
「思考に走っている」自分をみる。

反省することがいいことだという前提があって
はならない。

誰が反省するのか?
独善的な自分が反省する。
これが一番の混乱のもと・・・

あらゆる前提を置かないで
「唯、目の前に起きる現象をありのままにみる」
落ち込んでいるときはありのままにみていない
ということだ。

「落ち込む」という現象と自分が一体になって
いるから落ち込んでいる。

「落ち込む現象をありのままにみる」とき
落ち込んでいる自分はもうそこにはいません。

落ち込む現象と自分が離れているから
ありのままにみることができる。

落ち込んでいる自分は消滅してしまいます。
2011/09/25(Sun) 10:23 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
おはようございます。
自分の心をみていると、
自分が何をしているかが 少し見えるようになり、
やまんば、決して 人を裁けなくなってきました。

これは一番よいことだなあ・・と思っていましたが、

時々、再々、落ち込むこともあります。

しかし、今日
「したり顔に自分で自分を裁かない」とかかれてあり、
 それなら どうしたらいいのかなあ・・・と迷いました。

そうしたら

「自分不在のまま  他を裁くな」
と記されていました。

ただ 目の前に起きる現象をみる
目を覚まし、ありのままをみる

ここから、「思考」に決して走らない。

そういうことかなあ・・・・




忘れっぽい天使・・・ピカソの目が覚めるような色彩の絵があった。この方は色からも「自由」になっている。

  @@@@@すごくおもしろそう@@@@@@@@@@

2011/09/25(Sun) 06:11 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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