2011年09月01日 (木) | Edit |
J・クリシュナムルティ 中川吉晴訳「瞑 想」星雲社より(20)


空は あくまでも青く

青空は 雨のあとにやってきた

雨は

何か月もつづいた干ばつのあとにおとずれた

雨がふったあと

空はきれいに洗われ

丘は喜びにあふれ

大地は静けさをたたえている


aozora03
樹々の葉は

陽の光をあびて輝き

大地が

あなたのとても近くにあるのが感じられる

だから

あなたが一度もおとずれたことのない

ハートと心の 秘められた奥底で

瞑想しなさい

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瞑想は

目的にいたるための手段ではありません

瞑想には

どんな目的もなく

どんな到達点もありません

瞑想は

時間の中にあってもおこり

時間の外にあってもおこります

瞑想の方式や方法というのは

どんなものでも

思考を時間に縛りつけてしまいます

そうではなく

思考や感情のすべてに

なんら選ぶことなく気づき

それらを動かす原因や その仕組みを理解し

それらが花開くままにしておくことこそ

瞑想のはじまりです

思考と感情が よく育ち そして死んでいくとき

瞑想は 時間を超えた動きになります

この動きのなかには

エクスタシーがあります

完全なる虚空のなかに

愛があります

そして愛とともに

破壊と創造があるのです




次回につづく


瞑想瞑想
(1998/06)
J.クリシュナムルティ

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コメント
この記事へのコメント
思考や感情の中に
それら黙ってみていると・・・

その中に、母がいる 父がいる 
そして、わたしという存在に、影響を与えてくださった様々な人々がいる 日本がある、世界がある、宇宙がある

それらが組み合わさって、あるようでないような「わ・た・し」を形造っているようだ。

おもしろい

「観る」という客観的なフィルターを通過した思考なら、やまんばは、その思考は大切にしたいと思う。
その「大切にする」というのは、決して執着ではないように思う。執着には、苦しみが伴うけど、、そこには、苦しみのかわりに「慈しむ」心が横たわっているように感じるからだ。

生まれてからずーと関わってきた人々の、私の意識と無意識に収められた一言一句が(それをたどっていけば、きっと、人類の始めまで通じているんだと思う)私という存在を形造っているのだとわかれば、全ての言葉に命が宿り、私を生かしているんだなあと感じる。

しみじみうれしいし、ありがたいと思う。

2011/09/03(Sat) 07:46 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
哲学ブログなど、ワンクリックして人気を競う
のをやめました。

どっちでもいい、と思いながら
どこかで気にしているろくろくがいて
こまっていました。

記事の下の
「あなたの応援(1日1クリック)お願いします。」
↓↓↓↓↓↓↓

は、しばらくは消えませんが
それも消していこうと思います。
2011/09/03(Sat) 06:50 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
 
短絡的なやまんばの心に残った こ・と・ば ^^^^^



思考や感情のすべてに 

なんら選ぶことなく気づき

それを動かす原因やその仕組みを理解し


それらが花開くままにしておくこと

   *****

はっぱ  青空    透き通ってきれい
2011/09/02(Fri) 07:26 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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